軍師寛平

涼しい風が吹く木陰の下の、柔らかい真綿のような芝の上に、三千人ほどの兵隊が昼寝をしている。

真夏の八月の太陽が西に傾きかけた頃、遠くから落雷のような人の声が響いてきた。

軍師寛平はむくりと起きあがると、崖の上から声のしたほうを見下ろす。

「うむ、うまくいった。定刻通りじゃ」
軍師寛平は、策が首尾良く運んでいることにほくそ笑む。

黒の甲冑をつけた五千人ほどの敵兵の前には、赤の甲冑をつけた五百人ほどの味方兵がいる。
それら味方兵は、どれもこの地を知り尽くした馬乗りの名手ばかりだ。

彼らは、この炎天下のなか、敵陣に切り込んだ午前九時から今の午後二時まで休みなしに、敵に追われてここまで逃げてきた。

これから、この崖の下で馬の足をとめ、予定通りに戦が始まるのだ。

「皆よ、甲冑をつけよ!」
軍師寛平は、早めの昼飯の後、涼しい木陰の下でたっぷりと体を休めた兵士らに号令をかける。

「策はうまくいっているようじゃの」
この地を治める武将赤池義清が軍師寛平に声をかける。

「はっ。うまく罠にはまってくれました」軍師寛平は喜びの声を返す。「この炎天下のなか、休みなしに暑苦しい甲冑をつけて馬を駆ってきた敵兵たちの体力は、相当弱まっているはずです。さらにこの真下で戦を始めれば、敵兵たちの体力は消耗しつくすことでしょう。その頃合いを見計らって戦に加われば、兵士の数に劣る我が軍でも勝ち目はあります」

「そうか」赤池義清は満足げに頷く。「果報は寝て待てというが、その言葉が本当になることを信じておるぞ」

「お任せ下さい」
軍師寛平は自信に満ちた声で答えると、自分も赤の甲冑を着けはじめた。

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忍びの者を見出す秘策

「忍びの者を捕らえたとは、真の話か?」
寝室に軍師寛平を呼んだ武将赤池義清が尋ねる。

軍師寛平は、正座をして床に頭がつくほどの礼をしてから答える。
「はっ、兵に紛れ込んだ敵方の忍びの者をひとり捕らえました。今その者を牢屋に入れております」

「うむ。でかした!」赤池義清は、右手にもった扇子で太ももを叩いて喜ぶ。「何千といる兵の顔をすべて把握できるものではないが、そのなかから忍びの者を速やかに見出すとは、天晴じゃ」

「はっ、忍びの者がいることに気がついたのは、畠山茂助という兵です。かの者から、夕餉の最中、その話を受けました」

「そうであるか。その者に褒美を与えてやれ」
赤池義清は扇子を軍師寛平に向けると、そう命じる。

「はっ、畏まりました」

「で、忍びの者に拷問をくわえよ」と赤池義清は言い、扇子を鞭のように何度も振ってみせる。「そして、逆に敵方の情報を聞きだすのじゃ」

「はっ、さっそく明朝より鞭打ちの刑を処し、益となる情報を吐かせたく存じます」

「うむ。期待しておるぞ」赤池義清は、興奮と激しい所作で汗ばんだ額を扇子で仰いで頷く。「それにしてもじゃ、いかようにして忍びの者を見出すことができたのじゃ?」

「ニンニクでございます」と軍師寛平は答える。

「ニンニクじゃと?」
赤池義清は首を傾げる。

「左様にございます」軍師寛平は深く頷く。「夕餉には、皆の者の膳に必ずニンニクを出しておりますが、兵たちとの申し合わせで、それを口にするなという話になってあります」

「ほう。それで」
赤池義清は身を乗り出して尋ねる。

すると、軍師寛平は失礼にあたらぬよう、口に手をあて、は〜ぁと息を吐いてみせる。
「ニンニクを食すると、独特な強い口臭が漂います。それが忍びの者を見出す、有力な手がかりになるのでございます」

逃げの一手

形勢は圧倒的に不利であった。
というより、勝ち目はまったくないと断言してもいいような事態にあった。

事件は、武将赤池義清が軍師寛平と二十名程の兵を引き連れて、隣国に鷹狩に向かう最中に起きた。
突如として現れた三百名程の敵兵に、背後から奇襲を受けたのだ。

これには、さすがの軍師寛平にしても、赤池義清を守りながら逃げるしか策はなかった。
幸い弓の名人盛田信成を伴につれていたので、彼の放つ矢に救われ、なんとか人目につかぬ洞穴に逃げ込むことができたのだ。

しかしほとんどの兵を失い、残ったのは、赤池義清と軍師寛平、盛田信成の他、三名の兵だけだ。
しかも、鷹狩が目的であったので、誰も甲冑をつけていない。
この状態で敵兵に見つかれば、今度こそ助かる見込みはないだろう。

「われらが、少ない兵を率いて鷹狩にいくという情報が、どこかから漏れたに違いありませぬな」
盛田信成は、残り少ない弓矢を心細そうに見つめながら言った。

「うぬ」
赤池義清も、血の気を失った顔を縦に振るのがやっとである。

「援軍を呼ぶしかないか。のう、寛平」
盛田信成は、鷹狩に携えた地図から顔をあげぬ寛平に向けて、荒っぽく弓を放り投げる。

「それは無理じゃ」寛平は地図から顔をあげて答える。「城に向かう道のりには、敵兵が待ち構えている。それも策として、奴らは背後から我々を襲ったのだ」

「では、打つ手はなしか…」
赤池義清は天を仰ぐ。
太陽は真上近くにのぼっており、逃亡に有利な日暮れには、まだかなり間がある。

「いえ、策はあります」軍師寛平は、地図を懐にしまうと言った。「ただし、さすがにこの格好では戦えません。一か八かになりますが、亡くなった敵兵の甲冑を三つほど拾ってこれれば、何とかなるかもしれません」

「そうか、裸では戦えぬものな」赤池義清は薄い着物をさすりながら、軍師寛平と盛田信成を除いた三名の兵に向けて言った。「この命を全うできる勇者はおるか?」

「はい」
一番若い兵が勇ましく手をあげた。
この少年兵の父は、盛田信成と並んで弓の名手といわれていた。
しかし三年ほど前、今日奇襲を仕掛けてきた敵と戦い、体中に矢を受け、命を落とした。
その恨みが、まだ桃のように頬の赤い少年兵の手を押し上げさせたのかもしれない。

「よし」彼の想いを知る赤池義清は、汗の滴る顔で頷く。「頼むぞ」

「はっ」
少年兵は礼をするとすぐに、音をたてぬように斜面を這い上がり、盛田信成が打った敵兵の亡骸があるほうへと向かっていった。

太陽が若干、西に傾いた頃、少年兵が帰ってきた。
手には、命じられたとおり甲冑を三つ抱えている。

「でかした!」
赤池義清は、太ももを扇でたたいて喜ぶ。

「よくやった」
寛平は、汗みずくの英雄の肩をたたき、その手からふたつの甲冑を受け取る。
そしてその甲冑のひとつを盛田信成に渡すと、手にした甲冑を身につけながら言った。
「それを身につけて、ワシについてくるのじゃ」

「これをつけて敵と戦えというのか…」
豪傑といわれる盛田信成は、信じられぬといった表情で訊く。

「いいから、ワシについてくるのじゃ」
軍師寛平は、会話を続ける時間ももったいないというように、急いで馬にまたがる。

「ええい、わかった。お主と地獄の底までついていってやるわい」覚悟をきめた盛田信成は甲冑を身につけると、続いて馬にまたがる。そして甲冑をもって呆然としている英雄に目をやる。「お前も早くせい」

かくして、軍師寛平を先頭にした三名は森の奥へと消えていったのであった。

三名が洞窟に戻ってきたのは、日がだいぶ西に傾いた頃であった。

「うまくいきましたぞ」
盛田信成は豪快に笑いながら、赤池義清に告げた。

「真か」
心労から疲弊しきった赤池義清の顔に生気が蘇る。

「はっ、援軍が敵を撃退してくれているはずです」
軍師寛平は、意味深な笑みを浮かべて言う。

「なに、援軍を呼びに行ったのか?」
赤池義清は目を丸くして尋ねる。

「はっ」軍師寛平は楽しげに頷く。「ただし、援軍は我が軍の兵ではありませぬ」

「どういうことじゃ」
赤池義清は首を傾げる。

それに答えたのは、盛田信成だった。
「わしらは敵兵の待っておらぬ隣国の城に向かい馬を走らせると、その門に構える兵にむけて矢を放ったのでございます」盛田信成は弓をはってみせる。「そしたら、やつらめ。敵が襲ってきたと勘違いし、大慌てで大勢の兵を集めると、わしらの後を追ってきました」

「ほう」赤池義清は、続きを催促するように顎鬚をなでる。「それで」

「あとは、敵をまいてこの洞窟に逃げるだけです」盛田信成は弓を股にはさみ、馬に乗る真似をしてみせた。「今頃、奴らは、これと同じ甲冑をきた敵兵と激戦を繰り広げていることでしょう」

赤子の反撃

「ふふふっ、さすがの軍師寛平といえども、まったく手が出せんようじゃわい」
100メートルほど離れた場所で身動きできずにいる武将赤池義清が率いる軍を見て、火縄銃を構える100人の兵をもつ、武将織田時宣は高笑いする。

織田時宣の支配する地は、肥沃でかつ海にも面している。
それに比して赤池義清の治めるのは、山に囲まれた貧弱な地だ。
財の築きやすさにおいては、とても適う相手ではない。

織田時宣はその財力を使って、火縄銃を100本所有することが可能になった。
これは赤池義清が所有する火縄銃数の20倍である。
銃撃戦になれば、赤池義清に勝ち目はない。

織田時宣の治める地を手に入れたい赤池義清であるが、むしろ敵の圧力におされ、ついに己の陣地まで攻めこまれている。

「弓矢など、もう時代遅れの武器じゃ」織田時宣は余裕綽々といった様子で、跨る馬のたてがみをねじる。「そのような武器しか揃えられぬ赤池義清軍なぞ、それこそ、赤子の手をひねるようなもんじゃ」

たてがみをねじりあげられた馬がヒヒ〜ンと前足をあげて嘶くと、それにつられて、火縄銃を構える兵たちもせせら笑う。

「さて、それでは、そろそろ戦を始めるとするかのう」
織田時宣は皆に聞こえるようにそう言うと、軍配を赤池義清軍の方に向ける。

ヤーッ!!
その号令に機敏に反応し、火縄銃をもつ兵隊たちは、矢のような勢いでその方向に駆け出す。

すると、軍師寛平は命を下し、兵を撤退させる。

「おうおう、蜘蛛の子を散らすように逃げとるわい」織田時宣は軍配を庇のように額の上に掲げ、敵兵の哀れな光景を楽しげに物見する。そして軍配を力強く前に向けると、馬の尻をたたくように叫んだ。「さぁ、どんどん進め!」

オーッ!!
地鳴りのような声を轟かせ、敵兵たちはさらに大地を強く蹴る。

と、その矢先だった。

兵たちの足は重力を失ったかのように、地面に沈んだ。
織田時宣の乗る馬の足も、為す術もなく沈没していく。

「うぬ、やりよったな…」
織田時宣は、沼地に敷き詰められた草を掴んで唸る。
水に浸かっては、火縄銃はまったく役に立たぬただの棒だ。

術にはまった様子を確認した赤池義清軍は、怒涛のごとく引き返すと、沼地にもがく織田時宣軍に向かって豪雨のごとく弓を放った。

「兵糧攻め」の報い

武将毛利長政率いる兵は、武将赤池義清軍が治める城下町を酉の正刻(午後6時)に、突如、攻めてきた。

ちょうど、夕餉をつくり始めた町人たちは慌てふためき、着の身着のまま逃げ出す。
そして万が一の場合、城内に避難するようにと赤池義清から命を受けたとおり、用意された城に通づる秘密の抜け道に向かって駆ける。

「そうれ、逃げろ逃げろ、ばか者どもが」
城に向かって突進する町人たちを見やりながら、毛利長政はほくそ笑む。
毛利長政は無駄に兵を失うような愚かな戦法で、赤池義清を追い詰めることを企んではいなかった。

毛利長政はいやらしい戦術を得意とする武将である。
今回、毛利長政がとろうとしている策は、「兵糧攻め」だ。

よって、町人どもを脅かし、わざと城内に逃げこむように仕組んだのだ。
そうすれば、城内は人で溢れ、それだけ一人あたりに与えられる食糧も減り、早く白旗をあげることになるに違いないと踏んだのだ。
民を大事にする赤池義清の性格を知っての、悪巧みであった。

また、夕餉の刻を狙ったのも理由があった。
その理由はふたつある。

ひとつは、夕飯を食べ損ねさせれば、それだけ早く飢えさせることができ、「兵糧攻め」の成功率が高まるということ。

もうひとつは、町人らのつくった夕飯を兵に与えれば、食事を用意する手間が省けるということだ。
また、町人どもの屋敷には、備蓄した食糧があるに違いない。
それが尽きれば、農民の育てた野菜がある。
つまり、城内より城外のほうが、食糧の調達のしやすさにおいて圧倒的に有利というわけだ。

「これなら、寝てても勝てるわい。ワハハ」と毛利長政は高笑いし、町人のつくった芋汁を口にする。「うん。これはうまい。皆も食べよ」

食欲をそそる芋汁の匂いに耐えかねていた兵たちは、殿の許可が下ると、飢えた野良犬のようにガツガツと町民らの残していった夕飯を胃袋におさめる。

そのうち、誰かが「お~い、酒をみつけたぞ!」と歓喜の声をあげた。
酒に目がない荒くれどもは喜び勇んで、声のした方に駆けよる。
すると、この城下町でいちばん大きな屋敷の倉のなかに、酒のはいったいくつもの樽があった。

「これは三日三晩宴会を開けるぐらい酒を飲めるわい」
酒豪としても名を馳せている武将毛利長政は、兵をかきわけるようにして酒樽の前に立つと、また高笑いした。

その晩は、まるで戦勝会のように、毛利長政らは大いに酒を飲んだ。

しかし、数時間たつと、その酒を飲んだ者らの体に異変が起きはじめた。
それは、深酒によるものとは、明らかに異なっていた。
まず、手足がしびれて、口がまわらなくなる。
そのうち、猛烈な胃痛が襲ってきて、夏なのにひどい悪寒に苦しめられるようになった。

毛利長政は、ようやく、この酒に毒が混ざっていることに気がついたが、もはや手遅れであった。

毒がまわって呻く兵たちの声に混ざって、ザッザッと力強い足取りで、こちらに向かってくる軍師寛平が率いる敵兵の姿が、毛利長政の目に霞んで見えた。

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マウントエレファント

Author:マウントエレファント
アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

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