女刺青師の宿願

私は刺青師である。

その職業についてから、もう12年になる。
年齢は…、女性であるのでご勘弁願いたい。

私が刺青師を志した理由は、尋常でないほど、男の広い背中に惹かれているからだ。
それは父を幼いころに亡くしたのが、大いに影響している。

父は、裏の世界に生きる人だった。
彼の広い背中には、見事な龍と牡丹の刺青が刻まれていた。
幼い私は彼と風呂に入り、その背中を洗ってやるとき、いつも見惚れたものだ。

そういう職業につく人だから、父はまともな死に方をしなかった。
抗争に巻き込まれ、命を落としたのだ。

父は、私にはとても優しかった。
正直に言おう。
私はファザコンだ。
そんな私が思い出すのは、彼の顔ではなく、広い背中に刻まれた刺青である。

谷崎潤一郎の小説に「刺青」という作品があるが、私にはその主人公の気持ちがよく分かる。
彼の宿願は、美女の体に己の魂を彫り込みたいというものだったが、私の宿願は、人並み外れた広い背中をもつ若い男の背中に己の魂を彫り込みたいというものだ。

しかし、その小説の主人公である清吉同様、なかなか満足できる人物に巡り会えない。
オシャレ感覚でタトゥーを入れる一般人も増えているので、それだけそういうチャンスが巡ってくる確率が増えているのにである。

満たされない思いで、客のいない部屋から土砂降りの雨を眺めていた日だった。
ついに、理想にかなう男が現れた。
その男を見た時、私の身体にカミナリが落ちたかのような、激しい衝撃が走った。

聞けば、その男は力士だったという。
しかし怪我をして、夢半ばに引退したそうだ。

体格で恵まれていたのに、つまらないことで挫折したことに、彼は大いに残念がっていた。
それだけに、相撲の世界に未練があるという。
その想いを刻みこみたいというのが、彼の宿願であった。

そんな願望を抱きながら、ぶらぶら街を歩いていたら、いきなり豪雨に見舞われたという。
それで雨宿りではいったところが、偶然にも、私の店が入っているビルだったそうだ。
それに運命を感じ、思い切ってドアを叩いたと彼は語った。

私も、それに運命を感じた。
そう言うと、彼は大いに喜び、着物を脱いで私に広い背中をみせた。
そして、その立派な背中を太い右手で指差し、ここに松と力士の絵を書いてほしいと注文した。

それから、ごつい顔に似合わぬはにかんだ表情を浮かべて、こう付け加えた。
「その絵の上に、永谷園と文字を入れて下さい」と。

「広告かい!」
私は失望のあまり、思わず突っ込んでしまった。
現実は、そういうものかもしれない。

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僕の愛車 Part1

僕の愛車は、フェラーリ、ポルシェ、ホンダNSXです。
しかもレーシング仕様です!

といっても、1/18スケールのミニカーなんですけどね

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これらは、近くのリサイクルショップで安く手に入れました。
でも、そのどこもキズがなく、新品そのものです。

それにしても、外観だけでなく、室内もリアルに再現されていて、その技術には驚かされます。

どんなに頑張っても実車は買えませんが、ミニカーでも充分満足感が得られます。
スーパーカーブームのころに幼少期を過ごした世代の僕にとって、最高の「大人のおもちゃ」です。

第七十一話 老夫婦の危機

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「それには、私も激しく共感します」
ローズがケンシロウの変装姿だけはいただけないと言っていたという話を聞いて、そよ風は同調しました。

「そ、そんなぁ…」ショックを受けたケンシロウは、自分なりに努力をしたことを理解してもらうために、弁解し始めました。「あれでも、ちょっとはマシになるように加工したんだよ。まぁ、加工といっても、頭のてっぺんについていた一本の髪の毛と、サングラスについていた眉毛と、鼻の下についていたチョビ髭をとっただけだけど…」

「それはひどい…」と、そよ風は絶句しました。「よくそんな格好で街中を歩けましたね」

「だから、加工したんだっての!」と、ケンシロウはムキになって答えます。「オレだって、あんなハゲヅラの加トちゃんみたいな格好で歩きたくなかったし、マリーだって、そんなオレと一緒に歩くのを嫌がったんだから」

「お母さんが…」と、またも絶句するそよ風。そしてその光景を想像したのか、吹き出しました。「それはそうでしょうね」

「でも、マリーがオレと一緒に歩くのを嫌がっていた理由は、オレの変装がおかしかったからではなくって、その容貌がリーフの若い頃に似ていたからなんだよ」

「ナニ、ワシの若い頃にだと?」
聞き捨てならないといった感じで、リーフが口を挟みました。

「そう、アナタの奥さんは、変装したときのオレの容貌が、アナタにそっくりだと言ってたんですよ」
ケンシロウは、耳の遠いリーフにきちんと伝わるように大きな声でゆっくりと答えました。

「じゃぁ、余程いい男ぶりじゃったじゃろ」とリーフは得意気に言います。

「いやいや、そうじゃないって言ってるでしょ」
すかさず、ケンシロウはツッコミを入れます。

「じゃ、なんでアイツは、ワシの若い頃に似たオマエと歩くのを嫌がったんじゃ!」癇癪をおこしたリーフは、車いすから立ちあがらんばかりの勢いでケンシロウに食って掛かります。「内容によっては、アイツとは離婚じゃ!」

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。お父さん」
そよ風は、激怒するリーフに歩み寄ると、荒ぶる父親の肩を両手で優しく抑えます。

すると、便所の向かい合わせのドアが開いて、マリーが顔を出しました。
「何かあったの? うるさくって寝ていられないわ」

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★あらすじ★

なんてこったい

昨日は、会社の飲み会でした。
会社のおごりで、おいしい焼き肉を食べ、気分は上々。
ついつい飲み過ぎてしまい、家路を急ぐ足取りは完全に千鳥足でした。

家についた時間は午後11時近かったですが、家族の者はもう寝てしまったようで、玄関の照明以外はすべて消灯。
当然、玄関のカギは閉まっているはずで、門の前でカギを取り出そうとした、その時でした。

酔いがまわりすぎて手元が狂い、カギをポロリと落としてしまいました。
運悪く落ちた場所は、下水のフタの継ぎ目の穴。

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穴の間からカギの在処を探してみましたが、暗黒の闇でまったくわかりません。

こうなれば、コンクリートの下水のフタを持ちあげるしかないと、酔いでフラフラになった腰に力を入れましたが、固定されているのか、ビクともしません。

家の者を呼んでカギを開けてもらうことも考えましたが、こんな間抜けな失態を、そう易々打ち明けたくはありませんでした。

それから僕の悪戦苦闘が始まりました。

まず、フタの穴に手を突っ込む作戦。
しかし狭くて手先しか入りません。

それならと、フタの途切れたところから、手を伸ばしてとる作戦に変更。
しかしカギが落ちた穴は、そこからほど遠く、手長猿でも届くのは無理な様子。

何か照らすものはないかと思っていると、ちょうど車のヘッドライトが僕を照らしました。
その時の僕は、道路に腹ばいになり、下水の先に手を伸ばしている状態。
不審者そのものです。

ヤバいとおもい起きあがろうとしたら、何とそのクルマはパトカーでした。
これは職務質問されるかとビクつきましたが、何事もなかったかのようにパトカーは去っていきました。

結局、いろいろ知恵を絞った末、箒の柄を使いカギを引き寄せ事無きを得ましたが、「なんてこったい」な夜でした。

にほんブログ村 がっかりしたトーナメント優勝作品

第七十話 待望の春

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「どうして、娘さんに黙っているように言われたのですか?」と、そよ風はブラウンに訊きます。

「まぁ、ここだけの話にしていただきたいのですが…」ブラウンは、ケンシロウをチラチラ見ながら重い口を開きます。「実はウチの娘に、この方の素顔を見てきてほしいと頼まれまして」

「素顔を?」ケンシロウのことでギースから脅しを受けているそよ風は、ローズというブラウンの一人娘がケンシロウを不審者だと思ったのではないかとハラハラしながら尋ねます。「なぜアナタの娘さんは、そんなことに関心をもったのですか?」

「それが、どうもこの方に好意を抱いたようで…」
ブラウンは品定めをするような目で、ケンシロウを見ます。

「ほ、本当ですか!」

思いもよらない展開に、ケンシロウは歓喜の声をあげます。

苦節25年、寅さんのようにフラレてばかりの人生にようやく訪れた春。
ケンシロウにとって、これ以上の喜びはありません。

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「は、はい」ちょっと面食らった様子で、ブラウンは頷きます。「アナタがおばあさんを助けている様子をみて、ステキだと思ったようで」

「そ、そうですか!」
ケンシロウは、愛のキューピットになったマリーに心のなかで手を合わせて感謝します。

「娘も同じ異星人として、アナタに親近感を抱いたのでしょう」とブラウンは一人娘を憐れむように言う。「この星に友達がいなくって、いつも寂しがっていましたから」

「そ、それは、ボクも同じです。ハイ。喜んで友だちになります。いや、友達にさせてください!」ケンシロウの声は、高揚しすぎてうわずります。「でも娘さんは、よくボクが異星人であると見抜きましたね。完璧な変装をして、アルパカ星人に成りすましていたのに」

「いやいや」と、ブラウンは嘲笑しながら首を振ります。「あの変装だけはありえないと、娘は言っていましたよ」

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★あらすじ★

時の過ぎゆくままに

炎天下の砂埃が舞う一本道を、オレが運転するベンツEクラスステーションワゴンが走る。

カーラジオからは、ボサノヴァが流れてくる。
民家もまばらな荒れ地なので、電波が悪く、ときどきメロディーを途切らす雑音が入る。

燃費が悪いクルマだから、出発するときに入れた燃料も、すでにエンプティになりはじめた。
タイミングよく、ペンキのはげたガソリンスタンドの看板が遠くに見えてきた。

そこでガソリンを入れてもらい、コーラをのんで一休みする。
それからマルボロを一本吸うと、退屈しのぎにガソリンスタンドで働くグラマラスな金髪女と雑談をかわす。
彼女によると、目的地の海岸沿いに密集する白壁の街は、あと1時間もいけば着くらしい。

今は午後1時半だから、2時半にはホテルに到着し、ディナーまでたっぷりとくたびれた体を休められそうだ。
オレはエンジンをかけると、再びひび割れの多いコンクリート道にクルマを走らせる。

15年も前の古いクルマなのでサスペンションもへたっているし、エアコンの効きも悪い。
エアコンを諦めて、すべての窓を全開にする。
これじゃオープンカーとかわらないな、と思う。

クルマの速度をあげると、扇風機のダイヤルをストロングにしたような、強い風が車内に入ってくる。
これで少しは快適になった。

40分も行くと、延々と続いたサボテンが生える赤茶けた退屈な風景は、緑が濃い風景に変わりはじめ、そこを抜けると目指す白壁の街が見えてきた。

予約したホテルは、その白壁の街で一番目立つ教会の隣にある。
初めて訪れるオレでも、迷わず行き着くことができた。

古い街並みに溶け込むように、このホテルも白壁の古い建物だ。
しかし手入れが行き届いていて、外観も室内も清潔だった。

ホテルマンも礼儀正しく、無駄口を叩かないのがよい。
オレはそのホテルマンに案内され、5階のいちばん端の部屋に入る。

部屋には、もう、遠距離恋愛をしている彼女が来ていた。

ちょうどシャワーを浴びたばかりのようで、爽やかなシャンプーの香りを漂わせながら、オレに軽いキスをしてくる。
しかし、汗で肌にはりつくようにぬれたオレのシャツに触れたくないのだろう、彼女はいつものようにハグする出迎えはしない。

まぁ、夜には飽きるらい抱けるのだからいいさ、とオレは受け流す。
オレだって、この汗まみれの身体が不快でたまらない。

「オレも、汗を流してくるよ」と言って、オレはディスクに荷物と脱いだ服を置くと、部屋に設置されたシャワールームに入った。

シャワールームから出ると、バスタオルを腰に巻いたまま、大きく開いた窓から入る南風で体を乾かす。
窓からは、白い砂浜と穏やかな波が打ちよせる青い海が広がっている。
ときどき、のどかな汽笛も鳴った。

いい眺めだったが、オレは一眠りしたかった。

オレは、彼女が口をつけたブルー・キュラソーを飲み干すと、バスタオルとり、ベッドに仰向けに寝る。
彼女も全裸になり、隣のベッドに横たわる。

彼女の住む街は、オレの住む街よりも遠い。
長旅に疲れたのだろう。彼女は、オレよりも先に寝息をたてはじめた。

焼けた肌をなでる心地よい南風が子守歌のように、オレを深い眠りへと導いていった。

自分勝手な6S

今日は、月一回行われる部長以上の6Sパトロールの日だ。
6Sパトロールとは、部長以上の管理職が、整理・整頓・清掃・清潔・躾・安全がなされているか、各現場を見て回るというものだ。

しかし、本部長を筆頭に、10名もの部長らが訪れ、厳しい目を光らせてあら探しをするので、立場の弱い現場の作業員にとっては、恐怖以外の何物でもない。

それは、現場をまとめる課長にとっても同じであった。
牧冬彦課長は、指摘ができるだけ少なくて済むよう、事前に現場を回り改善を促すと、6Sパトロールのご一行様の到来を待った。

「それにしても、迷惑な話だ。この糞忙しいのに、6Sパトロールだなんて。仕事の邪魔以外の何物でもない」
落ち着かない表情を浮かべる牧課長の隣に並んで、武藤隼人が腹ただしげに言った。

「ええ、まったく…」と、牧課長は本音を言いかけたが、すぐに訂正して言った。「武藤さん。本部長たちが来たら、余計なことを言わないでくださいよ。頼みます」

「なんだ、余計なことって」鼻っ柱の強い武藤隼人は、早くも食ってかかる。「テメエがそんな感じだから、なめられるんだよ。課長ってのは、部下を守るもんだ。ちっとは現場を事情を理解した反論をしてみせろ」

「気持ちはわかりますが、でも…」と牧課長は、武藤隼人の迫力に押されて弱々しく答える。「そんなことをしても、自分の立場を悪くするだけで、さらに働きにくくなるだけですから、それは損かと…」

「ふん。腰抜けめ」と武藤隼人は吐き捨てるように言う。「だったら、オレがビシッと言ってやる」

武藤隼人がこれほど強気なのは、勝ち気な性格のせいもあるが、本部長よりも先輩であることが大きな要因だ。
また、ベテラン工として、優れた腕ももっている。
口先だけの課長よりも、現場では彼がいないと、仕事がうまく回らないのだ。

それだけに、上辺だけを見て、いろいろ難癖をつける6Sパトロールが我慢できないのであった。
だが、そういう性格が仇となり、出世ができないのも彼の欠点であった。

そうこうしているうちに、パトロール隊が現場に姿をみせた。

入ってくるなり、本部長が言った。
「また、こういうところに、資材をおいている。全然改善されてないじゃないか」

「あっ、本当ですね」と言ったのは、武藤隼人がごますり野郎として最も軽蔑している部長・島駄作であった。「一体どういうことなんだ、牧くん」

「はぁ…。誠に申し訳ありません」
気の弱い牧課長は、平謝りするばかりであった。

そのだらしなさを見て、武藤隼人はムカムカしてきた。
そしてついに、一言いってやらねば気がすまなくなった。

「ちょっと、いいかね」
武藤隼人は左右に傾けた太い首をポキポキ鳴らしながら、島駄作のもとにズカズカ歩み寄っていった。

「な、なんだね…」
60近い年齢の割に、筋骨隆々の武藤隼人の威圧感に圧倒され、島駄作は一歩後退する。
また、彼が自分を嫌っていることも、よく知っていた。

「資材をここに置いてはいけない理由はなんだ?」と、武藤隼人は島駄作に訊いた。
それは、この男が6Sの意味をよく理解せず、ただ上役に同調して、説教をたれているのではないかと睨んだからだ。

その読みは当たっていたようで、島駄作の表情に困惑の色が鮮明に現れる。
しかし答えないわけにはいかないので、本部長の目を気にしながら、島駄作はたどたどしく説明を始める。
「そ、それは、ここにこんなものを置いていては、作業の邪魔になるし、コ、コストダウンにもならんからだ」

「ほう、作業の邪魔にね」武藤隼人は小馬鹿にしたように鼻で笑う。「アンタは、移動の無駄というものを理解していないようだ」

「移動の無駄?」

「そう、移動の無駄」武藤隼人は、ムッとした表情を浮かべる島駄作を睨み返して言う。「あんたらは、この資材を作業場の外に置き、それを使うたびにいちいちリフトでここに運ぶように言うが、そんなことをことをしていたら、時間の無駄が発生するし、リフトの燃料だって無駄に浪費することになる。こういう馬鹿らしいことが、作業の邪魔になるってか。コストダウンにならないってか。アンタの家では、料理をするときに、包丁や食材を遠いところに置いて、使うたびにいちいち戻しては持ってくるようなことをしているのか?」

「そ、それは…」
この抗弁に勝てる理屈が見つからず、島駄作は二の句が継げない。

「へん」武藤隼人は、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。「俺らの仕事は、本を決まった場所に整理整頓する図書館の司書じゃないっての」

「牧くん!」勝ち目を失った島駄作の怒りは牧課長にぶつけられた。「部下に、一体どういう教育をしているんだ」

「は、はぁ…」牧課長は、青ざめた表情を武藤隼人に向ける。「武藤さん。理屈はわかりますが、会社の命令ですので、従って下さい」

「お前は、何のための課長だ」武藤隼人は、深い溜息をつく。「現場の事情をよく飲み込んで、それを上司に事細かく説明して、より働きやすい環境をつくるための調整役として、課長のポジションがあるんだろ。それを何でもかんでも上がそう言うから従えなんて馬鹿なことを言う。お前みたいのがいるから、第二次世界大戦で日本はああいうザマになったんだ」

「部下にこんなことを言わしといて、いいのかね!」
島駄作は武藤隼人を一瞥もせずに、牧課長を叱咤する。

「島部長さん。あのさあ」武藤隼人は邪魔だといわんばかりに、ペコペコ謝る牧課長を肩で押しのけて言う。「この間、街でアンタがホテルの植え込みに、タバコの箱をポイ捨てするのを見たんだけど、会社の外では、6Sはしなくていいっていう考えでいるの?」

「何、本当かね」と問いただしたのは、島駄作のライバルである田貫一夫部長であった。
その後ろで傍観していた本部長の顔も苦々しく歪む。

「き、貴様…」島駄作の唇が怒りでワナワナと震える。「自分の立場もわきまえず、そういう口の利き方をして、ただで済むと思っているのか!」

しかし、武藤隼人は一向に怯む気配はない。
「へん。こちとら、あと半年もすれば、定年なんだ。気に入らないのなら、どうとでもすればいいさ」と武藤隼人は吐き捨てるように言う。「そのかわり、一消費者として世間に言いふらしてやるよ。グッドコーヒーの内情は、バッドコーヒーだったて」

「お前ってやつは…」島駄作の声は、断末魔のように苦しげに響く。「恩を仇で返すのか!」

「恩だと…」武藤隼人は、せせら笑いながら言った。「テメエら、時給いくらだ。高給取りがそろって、こうして物見遊山していられるのも、現場の人間が汗水垂らして働いているお陰だと、逆に感謝しろ!」

そのような不毛な議論が、それから30分ほど続いた。
最終的には、本部長から「現場の事情もよく配慮して、6Sを進めていこう」との結論がでたので事が収まったが、昼食の時間はとうに過ぎてしまった。

腹の虫が収まらない島駄作は、肩を怒らせながら食堂に向かう。

そんな調子で島駄作が食堂に現れたのを見ると、「アラ、部長さん。いまお食事ですか?」と、食堂のオバちゃんは困惑の表情を浮かべて言う。「困ったわ。もう片付け終わっちゃって」

「ナニ!」島駄作の怒りは爆発した。「まだ1時半じゃないか。こんな時間で、もう片付け終わっただと。二時くらいまでは、いつでも対応できるように、用意をしておけ!」

ブラウン

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ブラウン

ケンシロウが想いを寄せるローズの父。
リーフの介護ボランティアで、そよ風家にくる。
初めて来た時は、ケンシロウとそよ風にギースと間違われ、ひどい目にあう。
最近、アルパカ星に越してきたばかり。そよ風家と同じA16ブロックに住む。
ラマ星では、着ぐるみ製作会社を経営していた。

ラマ星人。オス。55歳。

「兵糧攻め」の報い

武将毛利長政率いる兵は、武将赤池義清軍が治める城下町を酉の正刻(午後6時)に、突如、攻めてきた。

ちょうど、夕餉をつくり始めた町人たちは慌てふためき、着の身着のまま逃げ出す。
そして万が一の場合、城内に避難するようにと赤池義清から命を受けたとおり、用意された城に通づる秘密の抜け道に向かって駆ける。

「そうれ、逃げろ逃げろ、ばか者どもが」
城に向かって突進する町人たちを見やりながら、毛利長政はほくそ笑む。
毛利長政は無駄に兵を失うような愚かな戦法で、赤池義清を追い詰めることを企んではいなかった。

毛利長政はいやらしい戦術を得意とする武将である。
今回、毛利長政がとろうとしている策は、「兵糧攻め」だ。

よって、町人どもを脅かし、わざと城内に逃げこむように仕組んだのだ。
そうすれば、城内は人で溢れ、それだけ一人あたりに与えられる食糧も減り、早く白旗をあげることになるに違いないと踏んだのだ。
民を大事にする赤池義清の性格を知っての、悪巧みであった。

また、夕餉の刻を狙ったのも理由があった。
その理由はふたつある。

ひとつは、夕飯を食べ損ねさせれば、それだけ早く飢えさせることができ、「兵糧攻め」の成功率が高まるということ。

もうひとつは、町人らのつくった夕飯を兵に与えれば、食事を用意する手間が省けるということだ。
また、町人どもの屋敷には、備蓄した食糧があるに違いない。
それが尽きれば、農民の育てた野菜がある。
つまり、城内より城外のほうが、食糧の調達のしやすさにおいて圧倒的に有利というわけだ。

「これなら、寝てても勝てるわい。ワハハ」と毛利長政は高笑いし、町人のつくった芋汁を口にする。「うん。これはうまい。皆も食べよ」

食欲をそそる芋汁の匂いに耐えかねていた兵たちは、殿の許可が下ると、飢えた野良犬のようにガツガツと町民らの残していった夕飯を胃袋におさめる。

そのうち、誰かが「お~い、酒をみつけたぞ!」と歓喜の声をあげた。
酒に目がない荒くれどもは喜び勇んで、声のした方に駆けよる。
すると、この城下町でいちばん大きな屋敷の倉のなかに、酒のはいったいくつもの樽があった。

「これは三日三晩宴会を開けるぐらい酒を飲めるわい」
酒豪としても名を馳せている武将毛利長政は、兵をかきわけるようにして酒樽の前に立つと、また高笑いした。

その晩は、まるで戦勝会のように、毛利長政らは大いに酒を飲んだ。

しかし、数時間たつと、その酒を飲んだ者らの体に異変が起きはじめた。
それは、深酒によるものとは、明らかに異なっていた。
まず、手足がしびれて、口がまわらなくなる。
そのうち、猛烈な胃痛が襲ってきて、夏なのにひどい悪寒に苦しめられるようになった。

毛利長政は、ようやく、この酒に毒が混ざっていることに気がついたが、もはや手遅れであった。

毒がまわって呻く兵たちの声に混ざって、ザッザッと力強い足取りで、こちらに向かってくる軍師寛平が率いる敵兵の姿が、毛利長政の目に霞んで見えた。

第六十九話 まさかの血縁

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「そ、それは…」
そよ風から、まるで刑事コロンボのような鋭い質問を投げかけられたブラウンは、かなり同様した様子で、二の句が継げませんでした。

「それは、何ですか?」
そよ風は追及の手を緩めません。

すると、ブラウンは観念したように首を振り、笑顔で答えます。
「実は私の娘が、おたくのおばあさんとそちらの地球からきたお客さんが、畑仕事に行かれるのを見たと聞いていたので、そう言ったんですよ」

「アナタの娘さんが…」
そよ風は長い首を前に突き出して、ポカンとした表情を浮かべます。

「そうです。ローズという名の一人娘です」

「ローズって、まさか…」
ブラウンの一人娘の名を聞いて、驚きの声をあげたのはケンシロウでした。

「ええ」とブラウンは頷きます。「あなたが昨日、農作業にいく途中で会った、あの娘です」

「ということは、アナタはローズのお父さんてことですか!」
ケンシロウは動転しすぎて、間の抜けた質問をブラウンに返してしまいました。

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「まあ、そういうことになりますね…」
ブラウンは、目がハートのかたちになったケンシロウに身震いし、そう答えます。

「じゃぁ、はじめからそうおっしゃればいいじゃないですか」と、そよ風は言いました。

「それが実は、娘に黙っていてくれと言われましてね」
ブラウンは、苦しげに口をへの曲げながら答えました。

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★あらすじ★

カレーライスの励まし

ハァ~、とオレは、箸をおいて深いため息をついた。

「なに、ため息なんてついて。食欲ないの?」
妻が心配そうにオレの顔を伺う。

「まぁ、ちょっと…」
オレは蚊の鳴くような声で答える。

「そういえば、顔色もよくないわね。体の具合でも悪いの?」

「そうじゃないよ」オレは微風を受けた風鈴のように弱々しく首をふる。「スランプなんだ。同じような内容の小説しか書けなくってさ」

「そうなの…」妻も同調して声のトーンを落とすが、すぐにいつもの明るいトーンに戻して言う。「でも、あなたの本業は小説家じゃないでしょ。趣味で書いているんだから、そんなに深刻に考える必要ないんじゃない」

「いや、趣味だから、尚更、落ち込むんだ」とオレはさらに声を暗くして答える。「だって、趣味って楽しむものだろ。それが楽しいものでなくなったら、オレの唯一の息抜きが奪われてしまうことになるんだ」

「そうかぁ」とテンションを低める妻。
それから返す言葉もみつからないのか、ふたりの間に沈黙が流れる。

しばらくすると、妻はオレのジョッキに瓶ビールを注いで言った。
「でも、ちゃんと食べないと本当に体を壊してしまうわよ。ほら、今日はあなたの好きなカレーライスでしょ。どんどん食べて」

「うん」
オレは妻の得意料理であるカレーライスをひと匙すくうと、それを口に入れる。
食欲のないオレの舌でも、そのおいしさは伝わってくる。

いや、おいしすぎて、何だか涙がにじんできた。
ああ、オレもこんなに人を感動させられるものがつくれたなら…。

「どうしたの、涙ぐんだりして」
妻はティッシュボックスからティッシュを抜くと、それをオレに差し出す。

「いや、お前の作ったカレーがあんまりおいしいから、ちょっと…な」
オレは受け取ったティッシュで涙をぬぐう。

「じゃぁ、あなたのお母さんの味に近づけたってことかしら?」

「うん」オレは素直に頷く。「だいぶ上達したよ、お前も」

すると、余程うれしかったのか、妻もつられて涙ぐみながら、こう励ました。
「いいじゃない。同じような内容の小説しか書けなくったって」

「えっ、どうして?」

「私の作るカレーライスと同じだと思ったからよ」妻はカレーライスをスプーンで掬うと、それをオレの目線の高さにあわせて止める。「あなた私のつくるカレーライス、だいぶ上達したって言ってくれたわよね」

「ああ」

「ということは、結婚した当初の10年前のカレーライスと、今のカレーライスの味は違うってことにならない?」

「そうだな」

「でしょ」妻は微笑んで、そのひと匙のカレーライスをオレの口元に向ける。「だったら、同じような内容の小説でも書き続ければ、今のあなたの書くものと10年後のあたなの書くものとは、かなりの差がでてくるんじゃないかしら」

「そ、そうかもな…」
妻の励ましに、オレの視界がパッと明るくなったような気がした。
何年ぶりかに妻に食べさせてもらったカレーライスは、今まで食べたなかでいちばんおいしいものになった。

第六十八話 深まる不信感

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「いや、それは、認定証を得るためのいい実績になりますよ」
アルパカ星への居住を許可される認定証も得ていないのに、介護ボランティアのローテーションに入っていることをリーフに言われてケンシロウが不満を漏らすと、ブラウンは認定証をとった先輩として助言をしました。

「本当ですか?」
不満気に曇ったケンシロウの瞳に、明るい光が灯ります。

「もちろん」ブラウンは笑顔で返します。「昨日アナタが農作業をやったのと同じように」

「えっ…」そよ風は驚いた表情で、ブラウンに問いかけます。「どうして彼が農作業に行ったことをご存知なのですか?」

「そ、それは…」ブラウンの目が戸惑ったようにクルクル回ります。そして何か思いついたのか、認定証をもつケンシロウの手を指さしました。「だって、ホラ、爪の間に泥がたまっていたから、農作業でもしていたのかと思いまして」

第六十八話+のコピー_convert_20140622063251


そよ風はケンシロウの指先に目をやります。
「本当ですねぇ」

「仕方ないやつじゃのう」リーフもケンシロウを見て言います。「おぬし、ちゃんと風呂で体を洗っとらんな。こんなところで、ション便は漏らすし、おぬしも介護をしてもらったほうがいいんじゃないのか?」

「いやいや、必要じゃないです! 全然ボケていませんから」
ケンシロウは大慌ててで太ももを閉じて、お漏らしで濡れた股間をかくします。

「いや、そんなことはあるまい」と言って、リーフはブラウンに顔を向けます。「こやつも、ついでに介護をしてやってくれんかのう」

「えっ! ええ。構いませんけど」
そう答えるブラウンの表情は、冗談で返しているようにみえないものでした。

それに不信感を強めたのか、そよ風はさらに突っ込んだ質問をしました。
「爪の間が泥で汚れていたって、農作業でそうなったとは限りませんよね。なのになぜ、はじめからそう決めつけたようなことをおっしゃったのですか?」

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★あらすじ★

第六十七話 お互い様の介護システム

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異星人がアルパカ星に住むことを正式に許可される認定証を初めて目にするケンシロウは、いつまでも飽きずに手にしたそれを物欲しげに見つめていました。

「では、これからはA16ブロックの住人としてローテーションに入り、時々父の介護ブランティアに来てくれるということですね」と、そよ風はブラウンというラマ星人に訊きます。

「はい。そういうことになります」とブラウンは答えます。「よろしくお願いします」

「うん、よろしく頼むよ」と、続いて介護される側のそよ風の父、リーフはそよ風に向けて他人事のように言います。

「は、はい」と、苦笑してリーフに向けて頷くそよ風。

リーフの痴呆はゆるやかに進行していきますが、地域の皆様のお陰で介護の負担が減ることに心から感謝して、そよ風はブラウンにも長い首を深く折って礼を述べます。「これからいろいろご面倒をお掛けしますが、よろしくお願いします」

するとケンシロウは、ようやく認定証から顔をあげ、「えっ、ナニ。A16ブロックのローテーションって?」と質問しました。

「ああ、それはですね」と、そよ風は長い首をくるりとケンシロウに向けて答えます。「アルパカ星では、家族の介護負担を減らすために、近所の人たちがローテーションを組んで、介護のお手伝いをしてくれるというシステムがあるんですよ。それを機能させるために、地域が区画されているのです。A16ブロックというのは、それで区画された、我々の住むこの近隣区域のことですよ」

「なるほど、そういうことかぁ」
ケンシロウは、地球で彼が住んでいた町にも、そういうシステムがあれば助かるのになぁ、と思いながら答えました。

「だから私も父がこうなる前には、ご近所さんの介護ボランティアをよくしたものです」そよ風は昔を懐かしむように言います。「お陰様でそれがいい経験となり、父の介護にずいぶん役立っているのです」

「お互い様でやれば、そういう効果もあるのかぁ」
ケンシロウは、アルパカ星の介護システムを深く関心しました。

「ええ」と、そよ風は頷きながら説明を加えます。「もちろん、プロに任せなければならない部分もありますが、できるだけ近所で助けあってやることで、要介護者をかかえる家庭も国家も費用負担を減らせるというわけです」

「それは素晴らしい!」
ケンシロウは、さらにアルパカ星の互助システムに感銘を受けました。

すると、「そうじゃよ」とリーフが口をはさみます。「だから、おぬしもボランティアでやるんじゃ、ワシの介護を」

第六十七話+のコピー_convert_20140615161349


「えっ…」リーフのその発言に、ケンシロウの感動は一気に冷めました。「認定証ももらっていないのに、何で僕がローテーションに入らなければならないんですか!」

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★あらすじ★

第六十六話 憧れの認定証

★初めての方はこちらから★

そよ風に、なぜラマ星人が介護ボランティアをやっているのかと問われたその獣は、「最近、こちらに引っ越してきたもので。あっ、ワタクシ、ブラウンと申します」と答え、そよ風にむけて免許証のようなものを掲げてみせました。「確かに、私はラマ星人ですが、ホラ、アルパカ星に居住することが許される認定書をもっていますよ」

「あっ、そうでしたか。それは大変失礼をば致しました」
そよ風は、水戸黄門の印籠をつきつけられた悪代官のように、深々と頭を下げてわびます。

一方、ケンシロウは先ほどまで抱いていた恐怖感も忘れ、ブラウンというラマ星人がつき出す認定証に近づくと、「へぇ~、これが認定証か…」と言って、マジマジとそれを見つめます。

ケンシロウが認定証を物欲しそうに見つめるわけは、それを得られれば、自分がそよ風家のお荷物でなくなり、また愛しのローズと結婚できる可能性が高まるからでした。

「な、なんなんですか、アナタは…」
ブラウンは、初めて見る地球人に驚いたのか、大きく身をそらせます。

「地球から来た、お客さんじゃよ」
そよ風家の秘密をばらしてしまったのは、リーフでした。

「ああ、これが地球人ですか…」今度は、そのラマ星人がケンシロウをマジマジと見つめます。
そして、「それで、これに関心をもったんですね」と言って、ケンシロウに認定証を手渡しました。

「うぁ~、欲しいなぁ」
認定証を手にしたケンシロウの目は、まるで金塊を見るように輝いていました。

第六十六話+のコピー_convert_20140615170558

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★あらすじ★

安全な職業

僕は落語家を目指す大学三年生だ。
今はその夢の実現に向けて、大学の落語研究会に所属し、日々腕…、いや滑舌を磨いてる。

僕が落語家を目指す理由は、ふたつある。
ひとつは、もちろん落語が好きだから。
そしてもうひとつは、それが「安全な職業」だからだ。

僕が「安全な職業」にこだわる理由は、父が労災で大怪我をしたことによる。
その怪我のせいで、父は腰を痛め、いまも苦しんでいる。
その痛々しい姿を見て、自分は絶対に怪我をすることのない職業に就こうと思ったわけだ。

それで行き着いた結論が、落語家である。
落語家ならば、正座で仕事をすればいいので、労災にあうリスクはゼロに近いというわけだ。

しかし、落語家で飯を食うには、真打にならなければならない。
その地位を獲得するのは、容易なことではあるまい。

よって、趣味で落研に入っている仲間より、倍の努力をする必要がある。
趣味でやっている奴らに負けるようでは、真打になんてなれるわけがないからだ。

そのせいか、仲間と座布団の数を競い合う大喜利の時に、一層、僕の闘争心に火がつく。

とくに今日行われる大喜利には、尋常ならぬ闘争心を燃やしている。
それは、大学最大のイベントである文化祭でやる大喜利だからだ。
闘争心があまりに強すぎて、昨晩は一睡もできなかった。

大喜利が始まると、司会をつとめる先輩に続いて、僕を含める5名の落研のメンバーは舞台にあがった。
予想以上に観客が多く、空いている席は2,3席しかない。
これは、ますます負けるわけにはいかない。

僕は、司会者の出すお題に、考え抜いた答えを披露する。
すると、面白いぐらいに、観客席からどっと笑い声が返ってくる。

そうなると、司会者も僕に座蒲団をやらないわけにはいかなくなる。
見る見る間に、座蒲団の数が増えて、ついに10枚ゲットできた。

喜びのあまり、やった! と、僕は両手を大きく振りあげた。
その時であった。
バランスを失った僕の体は前のめりに倒れ、そのまま舞台の下へと落下していった…。

ご名答

休日の土曜日、私はクルマを運転し、妻と小学二年生になる息子と買い物に行く。
クルマが大好きな息子は助手席に、妻は息子の真後ろのシートに座る。

「ドライブがてら、ちょっと遠回りしていくか」
梅雨時で曇天ばかり続いていたが、久しぶりの晴天だったので、私はそんな提案をする。

それには、息子も「わ〜い」と喜ぶ。

ところが節約家の妻は、「ダメダメ。ガソリン代がもったいない」と釘を刺す。
妻は家事をよくこなすし、料理も上手だが、なかなか口うるさいのだ。
おまけに教育ママだ。
「それより風汰。九九はもう覚えた?」と息子に訊く。

「……」
算数が不得手な息子は、聞こえなかったフリをする。

しかし妻は諦めない。
「ちょっと聞こえているの? 九九はもう覚えた?」

「だいたい…」
妻の強情を知っている息子は観念して答える。

「だいたいって何。覚える気がないと、みんなに置いていかれるわよ」と妻は平和な休日を破壊するような厳しい口調で言う。「じゃ、これから特訓するから、答えなさい」

「え〜っ」とむくれる息子。

「え〜っ、じゃない!」とピシャリと返す妻。そして有無を言わせず掛け算の特訓を開始する。「じゃ、まず六×九」

「六九…」息子は苦しそうに目を閉じて、掛け算ではまるで役に立たない指折り計算する。「五十…ハ」

「五十八…」妻はあんぐりと口を開ける。そして厳しい口調に戻る。「ダメ! 五十四よ、五十四。じゃ次、五×九」

「五九…」息子は、再び意味のない指計算をする。「五十…九」

「五十九…。なんで前より増えるのよ! じゃ次、二×八」

しつこい妻に、「もういいじゃん!」と息子は音を上げた。「そんなの計算機を使えば、答えが出るんだし」

「何言っているの!」妻は鼓膜が破れるくらいの大声で激怒する。「覚えなくっちゃ、落ちこぼれになるのよ。落ちこぼれに。そうしたら、将来困るのよ」

このままでは、たまの休日が台無しになると思い、私は仲裁に入る。「ま、いいじゃないか。今日はそのくらいで」

しかし、優しく投げたボールを力いっぱい打ち返すような言葉が返ってくる。
「よくない! あなたが甘やかすから、この子が駄目になるのよ」

「はい…」
一を言うと百倍になって返ってくるので、私はそこで言葉を飲む。

「じゃ次、四×九」

「四九…」息子は今度は指を折らず、じっと前方をみつめて答える。「三十六」

「ご名答!」妻は喜びの声をあげる。「やればできるじゃない」

「へへへ…」と息子は前のクルマのナンバーのあたりを見て笑う。

私は息子の視線を追って、前の車のナンバーを見る。
そして彼が、それにうまく救われたことを知る。
そのナンバーは「49-36」だった。

幻のエースストライカー

今日は初優勝を決める大事な試合だった。

しかし前半に1点を先取され、なかなか反撃の糸口を見出せない。
残り時間も少ない。

うだるような暑い日差しの下で、メンバーたちは皆、焦りと疲労を募らせていた。

背番号9の重責を担う、センターフォワードの島崎圭二は、自分がなんとかしなければならないと、額に流れる汗を拭いながら思った。

島崎圭二に対する敵のマークは、徹底していた。
島崎圭二以外にスター選手をもたない弱小チームの得点を封じるには、それが最も有効な戦略だったからだ。

ところが、これが仇となった。
敵の乱暴な体当たりがファールチャージと判定され、島崎圭二はついにフリーキックの権限を得たのだ。

これが最後のチャンスだと、島崎圭二はツバも出ない乾いた喉を鳴らす。
そして渾身の力をこめて、ゴールネットめがけて弾丸シュートを打ち込んだ。

その瞬間だった。
利き足の足首を、へし折るくらいの激痛が走った。

島崎圭二は、飛びあがるようにベッドから跳ねあがる。
ベッドの脇にあるテレビボードの角に、思いっきり足首を打ちつけたようだ。

見る見る間に、利き足の足首が赤く膨らむ。
軽い怪我ではないらしい。
痛みで額から滝のような汗が流れる。

弱ったな、と島崎圭二は苦しい息を吐きながら思った。
これでは、今日の優勝決定戦はとても出られまい。

幻のエースストライカーとなった島崎圭二の抜けた弱小チームの初優勝は、これで夢と消えた。

赤子の反撃

「ふふふっ、さすがの軍師寛平といえども、まったく手が出せんようじゃわい」
100メートルほど離れた場所で身動きできずにいる武将赤池義清が率いる軍を見て、火縄銃を構える100人の兵をもつ、武将織田時宣は高笑いする。

織田時宣の支配する地は、肥沃でかつ海にも面している。
それに比して赤池義清の治めるのは、山に囲まれた貧弱な地だ。
財の築きやすさにおいては、とても適う相手ではない。

織田時宣はその財力を使って、火縄銃を100本所有することが可能になった。
これは赤池義清が所有する火縄銃数の20倍である。
銃撃戦になれば、赤池義清に勝ち目はない。

織田時宣の治める地を手に入れたい赤池義清であるが、むしろ敵の圧力におされ、ついに己の陣地まで攻めこまれている。

「弓矢など、もう時代遅れの武器じゃ」織田時宣は余裕綽々といった様子で、跨る馬のたてがみをねじる。「そのような武器しか揃えられぬ赤池義清軍なぞ、それこそ、赤子の手をひねるようなもんじゃ」

たてがみをねじりあげられた馬がヒヒ〜ンと前足をあげて嘶くと、それにつられて、火縄銃を構える兵たちもせせら笑う。

「さて、それでは、そろそろ戦を始めるとするかのう」
織田時宣は皆に聞こえるようにそう言うと、軍配を赤池義清軍の方に向ける。

ヤーッ!!
その号令に機敏に反応し、火縄銃をもつ兵隊たちは、矢のような勢いでその方向に駆け出す。

すると、軍師寛平は命を下し、兵を撤退させる。

「おうおう、蜘蛛の子を散らすように逃げとるわい」織田時宣は軍配を庇のように額の上に掲げ、敵兵の哀れな光景を楽しげに物見する。そして軍配を力強く前に向けると、馬の尻をたたくように叫んだ。「さぁ、どんどん進め!」

オーッ!!
地鳴りのような声を轟かせ、敵兵たちはさらに大地を強く蹴る。

と、その矢先だった。

兵たちの足は重力を失ったかのように、地面に沈んだ。
織田時宣の乗る馬の足も、為す術もなく沈没していく。

「うぬ、やりよったな…」
織田時宣は、沼地に敷き詰められた草を掴んで唸る。
水に浸かっては、火縄銃はまったく役に立たぬただの棒だ。

術にはまった様子を確認した赤池義清軍は、怒涛のごとく引き返すと、沼地にもがく織田時宣軍に向かって豪雨のごとく弓を放った。

都会のオアシス

来年開通予定の新幹線で新駅ができる田舎町が、都心にアンテナショップを出した。

その田舎町は、豪雪地帯として有名だ。
自然豊かで、昭和初期にタイムスリップしたかような、のどかな田園風景が見られる以外、これといった観光資源はない。

従って新駅ができても観光客が呼び込めるか、市は大きな危機感を抱いていた。
乗降客を増やせる見込みがないと、そこに止まる列車の本数が減ってしまうからだ。

そこで、その田舎町の良さをアピールしようと、市は思い切った予算を使いアンテナショップを出したというわけだ。

それが、密かに受けているらしい。
そこに行けば、とても癒されるというのだ。

神経を使う長時間労働に疲労感が蓄積された田所良平は、今朝の通勤電車でその噂を耳にして、矢も盾もたまらず外回りの途中でそこに寄ってみることにした。

その田舎町のアンテナショップは、古ぼけたビルの地下にあった。
外観から察するに、薄暗い階段を降りていった先に、癒しの世界が待っているとは、とても思えない。

半信半疑な心持ちのまま、田所良平は狭い階段を下り、室内がまったく覗けない鉄のドアを開ける。

すると、窓一つ無い地下室の空間に、のどかな風景が映写されていた。
それはまるで「どこでもドア」で、その田舎町にワープしたようだった。

どこに映像機器を仕掛けてあるのかわからないが、鮮明な3D映像が密室を囲んでいる。
どこまでもリアルにその田舎町の光景を再現したいという意図があるようで、踏みしめる床には柔らかな人工の草が敷かれ、さわやかな薫風が頬を撫でる。

耳をすませば、小川のせせらぎまで聞こえてくる。
その清らかな音に混じって、近くで会話する年配のサラリーマンたちの話が耳に入ってきた。

「リアルタイムで、景色が変わるらしいぞ」

「それはいいね。夜はきれいな星空が眺められるだろうし、秋は色鮮やかな紅葉が鑑賞できるだろう。背の高さぐらいになるという豪雪も見てみたい。季節ごとの変化があるから、リピート客も増えるだろうね」

この田舎町に似た故郷をもつ田所良平は、この都会のオアシスをとても気に入った。
そして新幹線が開通したら、その田舎町に行ってみたいと思った。

未来の人生

時計の針は、午後3時半を指そうとしていた。
強い西日の入る書斎に、いよいよ追い詰められ、心中を決意した夫婦がいる。

「覚悟はできているか」と夫は妻に訊く。
彼の左手には、自殺のために用意したシアン化合物のカプセルが握られいる。
そして右手には、トドメに右のこめかみにむけて打とうとするワルサーPPKがあった。

「はい」
毅然と答える妻の手にも、毒薬が握られている。

「では、いくぞ」と言って、夫が毒薬を口に運ぼうとしたときだった。

「そうはさせません」
彼の座るソファの背後から声がした。

「はっ!?」
夫が驚いてふり返ると、机の引き出しからスーツ姿の中年男がでてきた。

「な、なんなんだ、貴様は」
夫はとっさに右手に持ったワルサーPPKを、その不審者に向ける。

「おっと、そんな物騒なものはおろして下さい」男は丸腰なのを示すように両手を広げて言った。「私は未来からアナタを迎えに来た使者です」

「未来から?」
夫は呆気にとられた表情で訊く。

「はい」男は穏やかな表情で頷く。「アナタの自殺を防ぐように指示を受け、私は未来からタイムマシンに乗ってきたのです」

「ということは、私たちは行けるのか、未来に?」
夫の瞳に希望の光がともる。

「はい、今すぐ、私とともに未来に行ってもらいます」
未来からの使者は、机の引き出しを大きく開くと、そこに入るように手で促した。

「喜べ、エヴァ。神はまだ私たちを見捨てていないぞ」
夫はもっていた毒薬とワルサーPPK をテーブルに置き、その手を妻の方へと差し出す。
そして二人は手に手をとって、軽い足取りで引き出しの中に入る。

夫妻がタイムマシンのシートに腰をおろしたのを確認すると、未来からの使者は引き出しを閉め、「では、発進します」と言って、スタートボタンをプッシュした。

タイムマシンが暗闇のなかに吸い込まれるように動き始めると、夫はまるで旅行に出掛けるような明るい声で妻に言う。
「未来に行って、人生をやり直そう。もう戦争はこりごりだ」

「そうですね」妻は笑顔で頷く。「第二の人生は、静かに暮らしたいですわ」

すると、未来からの使者は気の毒そうな表情を浮かべて言った。
「残念ですが、あなた方にはそういう未来は待っておりません。アナタはこれから軍事裁判にかけられるのですよ」

「なに、軍事裁判だと…」
夫の顔からさっと血の気がひく。

「そうです」未来からの使者は、悲しい目で彼を見る。「アドルフ・ヒトラーさん」

どら息子の恩返し

私は、もうじき70になる開業医だ。
私には、二人の息子がいる。

長男は私の遺伝子を継いだようで、優秀な成績で医学部を卒業し、大学病院で働いている。
有り難いことに、この前帰ってきたとき、いずれは私の跡を継ぐと言ってくれた。

しかし次男は、誰に似たのか、どうしようもないどら息子だ。
40近いというのに、家でゴロゴロして、テレビや漫画ばかり見ている。
この先どうするつもりなのか、私は心配で、死んでも死にきれぬ思いだ。

というわけで、長男が帰省したとき、次男の今後について家族会議を開いた。

すると、次男は漫画喫茶のようなもを開きたいと言った。

のようなものとは、何とも中途半端な表現だ。
漫画喫茶なら、漫画喫茶をやりたいとはっきり言い切れと叱ると、次男はこんな弁明をした。
「そういう中途半端な言い方をしたのには、わけがあるんだ」と。

それはなんだと尋ねると、次男は「患者さんのためになる待合室をつくるためだよ」と答えた。

具体的な説明を求めると、次男はこう答えた。
「お父さん、待合室の患者さんの顔を見たことあるかい。みんな具合が悪くって仕方ないのに、横にもなれず、長時間待たされ、イライラしているんだよ。ボクは、いつも気の毒に思い、なんとかしてやりたいと考えていた。そこで思いついたのが、漫画喫茶のようなものだ。つまり、待合室に横になれるいくつかの個室をつくり、それぞれの部屋にテレビを設置し、患者さんがそこで好きなテレビをみたり、好きな漫画を読んだりできるようにする。そうすれば、患者さんのイライラも緩和できると思うんだ」

「なるほど」と長男は興味をそそられたように、ウンウン頷いた。「それはおもしろいかもしれない。ボクも、待合室で待たされる患者さんの苦痛をなんとか和らげることはできないかと思っていたんだ」

「しかし、そういうものをつくるとなると、金がかかるぞ」と私は苦言を呈した。「道楽だとしたら、そんな無駄は絶対許さん」

「だから、漫画喫茶なんだよ」次男は、いつになくはっきり自分の意見を言った。「もちろん商売だから、個室を使いたい患者からは、利用料をとる。そして病院の受付と、漫画喫茶の受付を同一窓口にすれば、合理化で人件費も浮くんだ」

「それはうまい方法だ」と長男は指を鳴らした。「で、患者さんに番号札を渡し、それぞれの個室に、いまどの番号の患者さんが診察を受けているかわかる電光掲示板を設けたらどうだろう。そうすれば、患者さんは、さらに気持ちよく過ごせるはずだ」

「いいアイデアだ」
次男は目を輝かせて、長男を見る。

こんな感じで息子たちは意気投合し、私をそっちのけで、話題を膨らませていった。

その話を聞いているうちに、私も夢が膨らんできて、最後にこう言ってまとめた。
「よし分かった。診療所も古くなってきたことだし、思い切って建て替えるか。それで、こういうのはどうだ。一階は漫画喫茶にして、二階は診療所にする。そうすれば、充分に個室がつくれるはずだ」

それから三年後、夢に描いた診療所を新築した。
有り難いことに、患者さんに好評で、大繁盛だ。

心配の種だった次男も生き生きと働いている。

これで、私も安心して引退できそうだ。
ありがとう。孝行息子たちよ。

サプライズな結果

今日ついに、つきあって三年がたつ彼女にプロポーズする。

しかし、結婚指輪を差しだし、「結婚して下さい」みたいな、ありきたりなプロポーズをするつもりはない。

一生に一度のことだ。
子や孫に語るとき、すごいと言われるようなプロポーズをしたいのだ。
それも誰もやっていないようなサプライズをやりたい。

そのためにユーチューブで、いろんなサプライズを検索してみた。

それで、わかったことがあった。
どんなサプライズでも、それなりにリッチなレストランとか、夕焼けがきれいな公園とか、ロマンチックな場所を選んでいるということだ。

でも、それじゃ、本当のサプライズにならないと思う。
そういうムードのある場所では、彼女もプロポーズをされることを期待しているので、サプライズ度がそれほど高まらないと考えるからだ。

そこでボクがサプライズの場所に選んだのは、「かっぱ寿司」だ。
しかも、家族連れが多い休日のお昼。
まったくプロポーズにふさわしくないシチュエーションだ。

これなら、彼女はまったく構えていないはずだ。
ここでプロポーズをしたら、サプライズ度がマックスになるに違いない。

そう考え、かっぱ寿司でも食べに行こうと車で迎えにいくと、彼女は普段着で現れた。
いいぞ、とボクは思った。
完全に、構えていない格好だったからだ。

ボクも、これからプロポーズをするなんて素振りを微塵もみせないよう、くだけた格好で平静を装って、かっぱ寿司に入った。

しかし席だけはこだわって、サプライズがしにくいカウンター席ではなく、テーブル席を頼んだ。

渡された席の番号は、ちょうど具合よく、周囲に客の少ないテーブル席だった。
そこで向かい合って座って、二人で十皿ぐらい食べたころだった。
彼女が、トイレにいくと言って席を立った。

今がチャンスである。
ボクは、あえず選ばずにいた大好物の「いかなんこつマヨ炙り」を取ると、そのにぎりの下に結婚指輪を忍ばせた。

そして彼女が戻ってくると、「これ、ボクがかっぱ寿司で一番好きなネタなんだ。二人で分けて食べよう」と誘った。

「これ食べるのワタシはじめて」
彼女は興味津々な様子で、下に指輪を忍ばせてある方の「いかなんこつマヨ炙り」を箸でつまんだ。

すると、ご飯粒にくっついた結婚指輪が皿の上に、チャリンと落ちた。

「あれ、なにこれ?」
状況がすぐには飲み込めない様子で、彼女は結婚指輪を呆然とみつめる。

そこでボクは言った。
「ボクと、結婚して下さい」

「もしかして、これ結婚指輪?」
彼女は、目を丸くしてボクを見る。

「そう」
ボクは、今日はじめてみせる真剣な眼差しを返す。

「うれしい」と満面の笑みを浮かべる彼女。「でも、なんで、いかなんこつなんかの下に忍ばせたの? どうせなら、中トロとかウニとかイクラとか、もっといいネタあるのに」

「それはね」ボクは彼女のハートを射貫く、考え抜いてきた台詞を言う。「中トロやウニのようにみんなからもてはやされる美人よりも、君のことがスキだからだよ」

しかし予想に反して、彼女は眉間に深いしわを寄せ、ボクを睨んだ。
「それって、ワタシがいかなんこつだってことかしら。だとしたら、このプロポーズお断りするわ」

バリウム地獄

昨日は、年に一度の健康診断でした。
健診の時間は、朝の9時30分。

まずは受付で、前もってとっておいた検尿と検便を渡し、体重測定と身長測定に入りました。
体重は、なんと去年より4キロ近くも減っていました。

これはいいぞと喜んで、身長測定に移りましたが、こちらはなぜか1.5センチも身長が縮んでおりました。
これじゃ、プラスマイナスゼロじゃん。ガッカリです。

こんなことあり得ないと、受診結果を記入する記録用紙をみたら、なぜか1歳老いた年齢が印字されておりました。

嫌だなぁ、あり得ないことが立て続けに起こるなんて。これから、もっとあり得ないことが起こるんじゃないか。
なんて恐怖心にかられながら、次々にいろんな検査を受け、ついに恐怖のバリウム検査に…。

バリウム検査って、何度受けても慣れないんですよね。
まるで石膏を溶かしたような得体の知れないものを、顆粒の炭酸と一緒に飲まされ、検査が終わるまでゲップをしてはいけませんなんて無茶なことを言われる。

その上、やれ右に回れ、やれ一回転しろなど、上下に動く検査機械の上でアクロバットのようなことをやらされる。
腰痛もちには、拷問です。

しかし恐ろしいのは、その後です。
バリウムをその日のうちに出さないと、悪くて腸閉塞、良くて石膏のようにカチカチに固まった白い〇んこが出て痔になると脅され、下剤を大量の水と飲むように命ぜられるからです。

下剤によるひどい経験は何度も味わっているので、今回は学習して、万が一の場合に備え、漏れ染みをガードしてくれる厚い海パンをはいて参りました。

何しろ、力仕事をする場面が多いので、ちょっと油断すると、大惨事になってしまうのです。
しかも朝一(朝ドラのヒロインの幼なじみの名前ではありませんよ)の健診です。
これから8時間近くも、そのリスクと闘わなければならないかと思うと、気が遠くなりそうでした。

ゲリラ豪雨のような第一波は、その一時間後にやってきました。
大慌てで近くのトイレに駆け込んだら、なんと、すべて満室(といっても、大の便器は2つしかないんですけど)。

その二室にはいる方々も、下剤の苦しみでウンウンうなっているようでしたので、少し離れたトイレに方向転換。
しかし、そこには無情にも、「清掃中」の立て看板が…。

もう限界。しかし女子トイレに入るわけにもいきません。

最後の気力を振り絞って、別棟のトイレに行き、なんとか難を逃れましたが、本当に地獄でした。

これじゃ仕事になりません。
なんとかしてもらいたいものです。

バリウム嫌い!

てっぺんの景色

「お父さん。もう疲れたよ」
後ろからついてくる10歳になる息子が、息切れをしながら弱音を吐く。

「まだ、中腹じゃないか。頑張れ!」
私は息子の後ろに回り、彼のお尻を押しあげる。

「もう、ここで充分だよ」息子は私にむけてふり返った視線を、外界の広範囲に這わす。「ほら、景色もきれいだし」

しかし「まだまだ」と私は息子の尻を叩く。「てっぺんに行けば、もっといい景色が見られるぞ」

私は、登山を通じて息子に人生を教えたいと思っていた。

私の敬愛する精神科医でエッセイストの斉藤茂太氏は、人生を「山登り」にたとえてこんなことを言っていた。
上がれば上がるほど息切れをするが、それに比例して視野は広がる。そして、てっぺんに到達すれば、絶景を眺めることができると。

私は折れそうになったとき、この教えに何度も励まされたきた。
それを実体験を通して、息子にもぜひ味わってもらいたいと思ったのだ。

だから、ここで諦めさせるわけにはいかない。
私は、ここで息子を一休みさせると、何とか説得し、登山を再開させた。

その後、息子は何度もくじけそうになったが、その度毎、私は説得をし、ついに彼を山のてっぺんに連れていくことができた。

「どうだ、やり遂げた気分は。爽快だろう」
私は、汗でびっしょりになった息子の肩に手を回した。

しかし息子は首をふって、不満をもらした。
「ちっとも爽快じゃないよ。てっぺんに登ったらいい景色が見られるって言ったけど、曇っていて全然きれいじゃないし」

確かに息子の言う通りだった。
山の天候は変わりやすく、厚い雲が下界を覆っている。
今にも雨が降り出しそうで、ここでゆっくり過ごしている場合じゃなさそうだ。

「下山するぞ。急げ」
かえって悪い体験をさせてしまったという後悔の念に苛まれながら、私はパンパンにはった足を下界にむけた。

第六十五話 シルエットの正体

★初めての方はこちらから★

「な、なに…」
ギースらしきシルエットの横のトイレの内側から聞こえてきたノック音に、ケンシロウは驚愕の声をあげます。

すると、トイレの内側から聞き覚えのある声が響いてきました。
「もう済んだから、開けとくれ」

その声に応えて、ギースらしきシルエットの獣はトイレのドアを開けます。
そして、トイレからでてきた獣を車椅子に載せました。

「お父さん?」
そよ風は警戒しながらトイレの近くにある照明のスイッチに近づくと、照明をつけます。

第六十五話+のコピー_convert_20140607072917

「さっきから何じゃ、うるさいのう」
照明に映し出されたリーフは、ケンシロウとそよ風を睨みつけます。

「なんだ、ギースじゃなかったんだ」
ケンシロウは安堵の声を漏らします。

「なんじゃ、ギースって?」リーフはケンシロウに尋ねると、ケンシロウの下腹部に視線を移しました。「それに、そんなところで小便をしよって、お主、ボケたか?」

アンタに言われたくないよ、とケンシロウがツッコミを入れようとしたら、その先をこして、そよ風がリーフの後ろの獣に尋ねました。
「アナタ、ラマ星人ですよね。どうしてラマ星人が、介護ボランティアをやっているんですか?」

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★あらすじ★

コーヒー戦争に勝つ秘策

「何かいい打開策はないかね」
戦略会議が始まるやいなや、社長丸山伝助は苦渋に満ちた表情で、集まった部長以上の管理職に問うた。

部長島駄作が勤めているのは、缶コーヒーを製造する中小企業だ。

丸山社長を悩ませているのは、日々競争が熾烈になるコーヒー業界の現状である。
ただでさえ、大手のコーヒーメーカーとの競争にあえいでいるのに、最近はコンビニエンスストアで淹れたてのおいしいコーヒーが飲めるようになり、部長島駄作の勤めるグッドコーヒーは、ますます苦境に陥っているのだ。

「やはり、どのコーヒーメーカーも開発していない、斬新な発想のコーヒーをだすのが得策だと思います」
最初に口火を切ったのは、出世欲の塊のような男、田貫一夫部長であった。

しかし丸山社長は、「う〜む」と腕を組んで唸る。「それはさんざんやったじゃないか。そのせいでアイテムが増えすぎて、むしろ整理したいくらいだよ。そんなことに浪費する余裕は、もう我が社にはない」

「その通りです」部長島駄作はスパッと日本刀で、ライバルの田貫部長を斬るように言った。「そんな使い古した手では、会社を救うことはできません」

「すると、名案があるのかね」丸山社長は、灯台が漁船に灯りを向けるように、島駄作に輝く瞳を向ける。「島くん」

「むろんです」島駄作は自信に満ちた声で答える。「いま我が社に大切なのは、イメージ戦略です」

「ほう、イメージ戦略か。それは、これまで使ったことのない手だ」

「はい」と頷く島駄作。
そして席を立つと、窓際に寄り、ブラインドをあげる。
陰鬱な空気が充満していた会議室が、西日で眩しいほど明るくなる。
背中に西日を浴びた島駄作は、まるでオーラを放っているように皆の目に映る。

「で、そのイメージ戦略とは、具体的にどのようなものかね?」
丸山社長はまぶしそうに目を細めて島駄作に訊く。

「町の美化に力を入れているという企業イメージを消費者に植えつける戦略です」と島駄作は答える。

「ほう、町の美化か」

「そうです」島駄作は会議室に展示されてある缶コーヒーを手にとると、それをテーブルの上に転がす。「皆さん、町を汚している元凶は何だと思います?」島駄作は、会議室に揃った面子にひと通り視線を流した後、テーブルの上に倒れた缶コーヒーを指さす。「落書きとポイ捨てされた空き缶ではないでしょうか」

「確かに」と丸山社長は深く頷く。「それは、私も常々心苦しく思ってきたことだ」

イエスマン揃いの部下たちは、それに連動するように相槌を打つ。

すると田貫部長が、手柄を横取りするように慌てて口を挟んだ。
「私も以前から、企業責任として空き缶のポイ捨てに歯止めをかける方法はないかと思っていました」

「で、それを食い止める手立てはあるのかね?」
丸山社長は、田貫部長の発言をスルーして島駄作に訊く。

「あります」島駄作は不敵な笑みを浮かべて、田貫部長を一瞥してから答える。「宝くじです」

「ほう、宝くじか」

「はい。缶コーヒーに宝くじの番号をプリントするのです。そうすれば、ポイ捨てはかなり減らせるはずです」

「なるほど」社長は頷きかけたが、すぐに表情を曇らせた。「しかしハズレだった場合、腹いせにどこかにポイ捨てされるのではないかね」

「その点についても名案があります」島駄作は、丸山社長の不安を打ち消すような明るい声で言う。「当選発表を、ゴミの収集場所に貼らせてもらうようにするのです。そうすれば、余程のへそ曲がりでない限り、他所でポイ捨てすることはないでしょう」

「そうか。そうすれば、うちの缶コーヒーを選ぶ消費者も増えるし、一石二鳥だ」
社長は手を叩いて絶賛する。

しかし、それを面白く思わない田貫部長は、「ですが、宝くじの販売は当せん金付証票法で禁じられているはずですし、だいいち賞金を払うとなると、莫大な費用がかかります」と難癖をつけた。

「うむ。そういう難点もあるか…」社長の表情は再び曇る。「どうかね、島くん」

「法律の問題は、その意義を政府に説得すれば、必ず納得してくれるはずですし、賞金の費用についても私に一任していただければ、何とか工面してみせます」

「何とか工面する?」

「はい。まずは軍資金をいただければ、それを倍にしてみせます」
島駄作は両手を大きく広げながら、明るい声を大きく張りあげる。

「どうやって、倍にするのかね?」

「先物取引です」と島駄作は答える。「先日、ある業者から家に電話がありまして、99.9%儲かるから、ぜひ投資してみないかという誘いがありました。それを利用すれば、半永久的に賞金にあてる費用を稼げるはずです」

島駄作の名案を聞いて丸山社長は深い溜息をもらすと、他のメンバーに向かって言った。
「他に、いい打開策はないかね?」

どんな歌詞だったっけ?

先週の土曜日、うまい魚を食べに清水漁港に行って参りました。

そのついでに、清水次郎長の生家にも寄りました。
そこに飾られていた写真がこれです。



清水次郎長一座の上には、「大政」「小政」の顔写真も。

「大政」「小政」といえば、かの有名な歌『旅姿三人男』のうちの二人(ちなみに残る一人は、森の石松)。

その歌を、清水港にくるとつい口ずさんでしまいます。

「清水港の 名物は お茶の香りと 男伊達
見たか 聞いたか あの啖呵
粋な小政の 粋な小政の~ 浪速の春団治」

途中で歌詞を忘れて、違う歌になってしまいました。
どこか曲調が似ていて、ピッタリおさまってしまうことってありますよね。

救いの神?

昼すぎから雲行きが怪しくなってきた。

帰る頃まで、天気がもてばいいが…。
自転車通勤の私はハラハラしながら、梅雨入りでどんよりとした空を見あげる。

しかし、私の期待は裏切られた。
仕事が終わって更衣室に向かう頃からポツポツと雨が降り始め、更衣室を出る頃にはすでに本降りになった。

弱ったなぁ…。
雨具を持たない私は、軒下で途方に暮れる。

すると、後ろから声がかかった。
「こういうとき自転車通勤は弱るよなぁ」

振り向くと、親しくしている近所に住む同僚だった。

「今日、クルマで来ているから、乗っていくかい?」と同僚は言った。

願ってもない誘いだ。

「ありがとう。助かるよ」
私は手を合わせて感謝の意を示すと、同僚が勧める傘に入る。

「天気予報では、降水確率低かったけど、やっぱりダメだったな」
同僚は、離れた駐車場に向かう途上で言う。

「ああ、やられたよ」私は、相合傘からはみ出さないように気を配りながら答える。「でも、お陰で濡れずに済む。なんかお礼しなくちゃな」

「なあに、帰り道だ。たいしたことないさ」同僚は笑顔で返すと、私にこれ以上、気を使わせないためか、明るい声で話題を切り替える。「昨日、久しぶりに洗車をしたよ」

「そうなんだ」私は目の前の泥水を避けながら言う。「でも、せっかく洗車したのに、これじゃまた汚れちゃうね」

「気にしたことじゃないさ」

そんな会話をしているうちに、同僚の乗っている軽のワンボックスカーが見えてきた。

洗車をしたという割に、白のボディーは汚れが目立つ。
彼はあまり几帳面な性格ではないので、洗車も適当に済ませたのだろう。
まぁ、濡れずにすむんだからいいさ、とそこは受け流し、同僚に促されるままに、車内に乗り込む。

すると、シートにあたる臀部から太ももにかけて、じわっと浸みる感触が伝わってきた。
「まさか、洗車したってのは、車の中?」

「そう」同僚はシートベルトを締めながら頷くと、「まだ、ちょっと半乾きだなぁ。でも、雨に濡れて帰るよりはマシだ」とケラケラ笑って、エンジンをかけた。

酒で流そうぜ

「この歌、いいスね」バーに置かれたカラオケで先輩が歌った曲を聴いて、ボクは尋ねた。「曲名は何なんスか?」

「ああ、酒と泪と男と女という歌だよ」先輩は、いつものように優しい眼差しをボクに向ける。「河島英五っていうシンガーソングライターがつくった曲だ。だいぶ前に、亡くなってしまったけどね」

「へぇ~、なんだか先輩に合っているスね。この歌」
お世辞でなく、本当にそう思った。

この先輩は、会社でどんなに理不尽な目にあっても、ボクのように愚痴をこぼさず、黙って淡々と自分の職務をこなす。
その背中をみて、とても男らしさを感じ、いつかはこの先輩のような男になりたいと憧れをもっている。

「先輩は、腹の立つことないんスか?」
ボクはいつも思っていることを、思い切って訊いてみた。

「そりゃ、あるさ」先輩は、クィッとウィスキーをあおって答えた。「でも、そういうのは、こんな感じで酒で流しちまうのさ。腹に溜めておくのは、よくないからね」

「かっこいいスね」
ボクも先輩を真似て、ウィスキーを腹に流す。
アルコール度数の高いストレートのウィスキーが、腹にたまった昼間のストレスを燃やしてくれるようだった。

散歩のように楽しんで

ボクの趣味は散歩です。

ウォーキングコースは、その日の気分によって変わります。
気分がいいときは、ちょっと遠出をしてみようと思い、気分を変えたいときは、なるべく歩いたことのない道をさがします。

そうすると、いろんな発見があり、いいストレス発散になるのです。
つまり、楽しむことを最優先おいたウォーキングスタイルです。

ただ、帰宅する時間は決めています。
それをゴールにおいて、ウォーキングを楽しんでいます。

小説の書き方も、それに似ています。
ふと思いついたオチにむけて、どうかけば面白い小説になるか大体のイメージがわけば、いきなり書き始めるというスタイルです。

設計図のように綿密な構成をたててから書くのに比べ、そのくらいゆるい感じで書いていくほうが、思わぬ発見があり、楽しめるので、ボクに合っているように思われます。

小説も楽しんで書くことを最優先におくことで、それがいいストレス発散になり、無理なく続けられるようになるのではないでしょうか。
また、そうすることで、ウォーキングと同じで、あとから体力がついてくるはずです。

素人ですのでうまく書けなくて当たり前、競争を目的にしていないのマイペースでいこう。そのくらいに考え、これからもゆるくやっていこうと思っています。

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マウントエレファント

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アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

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