第八十五話 逃げきれるか

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「プ、プレスだ。ヤバ…」
着ぐるみの中のケンシロウの額に、冷や汗が流れます。

「ワタシが何とかしますので、ケンシロウさんはしゃべらないでください」
ブラウンは小声ですが、力強い口調で言います。

「わ、わかりました…」

「じゃ、ワタシについてきてください」
ブラウンはそう言うと、プレスの方にむかって、まるで散歩をしているかのような、軽い足取りで歩き始めました。
そしてプレスとすれ違う時、散歩をしている人がするような、軽い会釈をしました。

すると、プレスも「ちわ」と会釈を返しました。
ケンシロウはドキドキしながら、ブラウンにならって会釈をして行き過ぎようとします。

しかし、プレスはケンシロウの顔をちらりと見ると、「ちと、待った!」と大きな声をあげました。

「ど、どうされました?」
ブラウンはとっさにケンシロウを隠すように前に立つと、プレスに尋ねます。

「いや、その方」プレスは、ブラウンの後ろのケンシロウを興味深そうにのぞき込みます。「いい顔をしていますねぇ」

「はぁ〜」
ブラウンとケンシロウはそろって、呆気にとられてしまいました。

「ちょっと、記事にさせてもらえません?」プレスは目を光らせて、取りだしたペンでケンシロウを指します。「その方を」

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★あらすじ★

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第八十四話 笑いも冷える訪問

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「そんなことより、プッ」そよ風は吹き出しながらケンシロウを急かします。「早くブラウンさんのお宅へ行ってください」

「おお、そうです」とブラウンも急かします。「早くしないと、新聞記者さんが来てしまいますよ」

「わかりました」ケンシロウはブラウンに頷いてみせると、その顔をしかめっ面にかえてそよ風に向けます。「ただし、笑うな」

「わかりました、プッ」応じつつも、そよ風の笑いは止まりません。「さっ早く、プッ」

「だから笑うなっての!」
ケンシロウはそよ風を注意しながら食堂から出て、玄関に向かいます。

「じゃ、いってらっしゃい」
そよ風は玄関まで見送ると、そう言って、素早く玄関のドアを閉めました。

「ったく、馬鹿にしやがって」
ケンシロウは玄関のドアのほうを睨みつけます。

「まあまあ、仕方ないですよ、その格好じゃ」ブラウンはケンシロウをなだめましたが、ケンシロウの膨れっ面のおかしさに耐えきれなくなったのか、「プッ、さ、急ぎましょう」と吹き出しながら言いました。

「あ〜あ、嫌だなぁ。こんな格好で外歩くなんて」とケンシロウが言いかけた時でした。
ブラウンが、「シーッ」と口をつむぐように人差し指を立てました。

何事が起きたのかとケンシロウが前に顔を戻すと、アルパカ市民新聞の記者プレスがこちらにやってくるのが見えました。

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★あらすじ★

第八十三話 絶句の着ぐるみ

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「プ、プレスがきたのか?」
慌てた様子のそよ風に引きあげられながらケンシロウは尋ねます。

「いえ、ブラウンさんですよ。いま仮の着ぐるみをもって来てくれたんです」と、そよ風は答えます。「だから、早くその着ぐるみに着替えてください。プレスさんが来ないうちに」

「わ、わかった」
ケンシロウは身体のあっちこっちをぶつけながら地下収納庫から這いあがると、そよ風の後を追って食堂に向かいます。

食堂には、ブラウンが待っていました。

ブラウンはケンシロウを見るなり、笑顔で尋ねます。
「おお、これはケンシロウさん。お元気でした?」

「あっ、はい、お父さん。お陰様で、この通りケンシロウは元気です」ケンシロウは、愛しのローズの父親であるブラウンに力こぶをつくって見せました。「それよりもローズさんは、相変わらず見目麗しくあられますか?」

「えっ、ええ、まぁ…」ブラウンは頭を掻きながら答えます。「自分の娘なので、答えにくいですが、きれいかと」

「挨拶はいいですから」そよ風は二人の会話に割って入ります。「それよりも早く、着ぐるみに着替えて」

「ああ、そうでした」
ブラウンはテーブルの上に畳んだ着ぐるみを広げると、ケンシロウを後ろに向け、それをかぶせます。

そよ風もそれを手伝い、ケンシロウの身体はあっという間に、着ぐるみに包まれました。

「どうれ…」
着ぐるみの背中のチャックをしめると、そよ風は前に回り、ケンシロウの着ぐるみ姿をみます。
すると、そよ風はプーッの吹き出しました。

「ナニ、どうしたの?」
ケンシロウは首を傾げ、食堂に立掛けてあった姿見に自分の姿を映してみます。

「こ、これは…」ケンシロウは絶句しました。「リーフの変装姿のほうがマシじゃん!」

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「スミマセン。余興用の着ぐるみしかなかったもので」
ブラウンは申し訳なさそうな顔をして、頭を下げました。

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★あらすじ★

第八十二話 地下の恐怖

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「それじゃボクが呼びに来るまで、絶対にここから出てはいけませんよ」
そよ風は、ケンシロウが地下収納庫にすっかり収まったのを確認すると、強い口調でそう言いました。

「う、うん…」
閉所恐怖症のケンシロウは、どこまで耐えられるか不安に襲われながら頼りない返事をします。

「じゃぁ、閉めま〜す」
そよ風は静かに地下収納庫の床をおろします。

「ひ〜っ」
狭苦しい地下収納庫は真っ暗になり、ケンシロウは早くも悲鳴をあげました。

すると1分もたたないうちに、ケンシロウの頭の上をバタバタ踏み鳴らす音がしました。

な、何だ!
逃げろという合図なのか、はたまたプレスが台所に駆け込んできて騒いでいるのか…。
どちらか区別ができず、ケンシロウは声を殺したまま、地下収納庫のなかで身を縮めます。

ケンシロウが震えながら耳を澄ませていると、「やめなさい」というミントの声が聞こえてきました。

やっぱりプレスが押しかけてきたんだ…。
ケンシロウはあまりの恐怖で、ダンゴムシのように身を丸めます。

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すると今度は、青空の声が聞こえてきました。
「ケンシロウ、幼稚園行ってくるからね」

なんだ、青空か! 
脅かしやがって…。
ケンシロウは、返事の代わりに床を拳で三回思い切り叩きました。

そうすると、ノック音が三回返ってきました。

しつこいガキだなぁ…。
ケンシロウが睨み上げると、急に床があいて、「急いで、ここから出て下さい!」と、そよ風がケンシロウの腕を引きあげました。

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★あらすじ★

血圧高くていいの

「ちょっと満男、何この成績。ちゃんと勉強したの」
さくらは、満男がもらってきた通信簿から目をあげると、深い溜息をついた。

「ちゃんとしたよ。うるさいなぁ」
満男は母親から背をむけると、ゲームポケコンに視線を落とす。

「親に向かって、うるさいとは何よ」さくらは満男からゲームポケコンをとりあげる。「こんなので遊んでばかりいるから、こういう成績をとるんでしょ。しばらくゲームは禁止よ」

「え〜っ」
大きな声で不平を言う満男。

「何だ満男、そんなに成績がわるかったのか」
同じ座卓で、先程から深刻な顔で健康診断の結果を見ていたおいちゃんが満男に声をかける。

「まあね」と答える満男。そしておいちゃんが手にする健康診断結果書に目をやる。「何それ、通信簿?」

「まぁ、そんなようなもんだ」おいちゃんは弱々しく笑って答え、再び老眼鏡をかけ、深刻な表情で健康診断書を読む。「弱ったなぁ、160もあるぞ」

「160すごいじゃん」満男は尊敬の眼差しでおいちゃんを見る。「100点を60点もこえているんだ」

「いや、これは高ければ高いほど困るんだ。血圧だから」
おいちゃんは苦笑いする。

「何だ、健康診断の結果か」
満男はつまんなそうな表情を浮かべ、仰向けに寝る。

そこへ便所から出てきた車寅次郎が現れる。
「今日も快便、快眠。人間なんたって健康が一番だね。おいちゃん」

「お前は平和でいいねぇ」
おいちゃんはため息をついて、再び健康診断書に視線を落とす。

「何その言い方。俺が健康じゃいけないの」
寅次郎はおいちゃんと向かい合わせの席に腰を下ろすと、睨みを入れる。

「おじちゃんは、健康診断を受けないの?」
隣にいる満男が起きあがり、寅に尋ねる。

「受けない」寅は即答する。「俺注射嫌いだし、健康保険? あれ入っていないもん」

「じゃぁ、血圧とかわからないじゃん」と満男。「それ、高ければ高いほど、悪いんだって」

「へぇ〜、そうなの」と寅。

「そうだよ。お前もいい歳なんだから、注意したほうがいいぞ」
おいちゃんは口を挟むと、健康診断書を指差し、バタバタ揺すった。

「なんだよ、それ」寅は、おいちゃんから健康診断書を取る。「へぇ〜、これが健康診断書か。初めて見た。で、血圧だって…、おいちゃん160もあるの。これ高ければ、高いほど悪いんだろ。じゃ、このGDPってのも高ければ高いほど悪いんだ」

「GDP? そんなのあったか」おいちゃんは寅の後ろに回り、健康診断書をのぞき込む。「馬鹿、r-GTPじゃないか。肝機能の値だよ。GDPが高ければ高いほど悪いんじゃ、日本の経済はガタガタだよ」

「何だ、よくわからねぇや」寅は面倒くさそうな表情を浮かべ、健康診断書をおいちゃんにほうり返す。「で、血圧が高いと、どんな感じになるんだい。心臓でもドキドキするのかね」

「心臓がドキドキするって、初恋みたいだね」
小学生坊主の満男がませたことを言う。

「初恋か」寅はいやらしい表情を浮かべて返す。「だったら血圧が高いのも悪くないねぇ。いつも初恋のようなトキメキを味わっていられるんだもの。なぁ、おいちゃん」

「…」
おいちゃんは呆れて返事もできないといった感じで、健康診断書を拾いあげると、自分の席に戻る。
そして深い溜息をついて、ポツリと独り言をもらした。
「だれのせいで血圧が高くなっているのか、わかってもらいたいもんだ」

しっかりしてよ

草食系男子が増えているといわれています。
細くて頼りなくって…。
活発な女子から見れば、「しっかりしてよ」と言いたくなるでしょう。
そこで今回は、「しっかりしてよ」をタイトルに4コマ漫画をかいてみました。

しっかりしてよ+のコピー_convert_20140726171900

第八十一話 訪問者はどっち

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そよ風は、プレスという新聞記者が来る前にブラウンにケンシロウを匿ってもらうおうと、大急ぎでブラウンに電話をかけます。

「神様…」
ケンシロウは祈るような気持ちでそよ風の背中を見つめ、吉報を待ちます。

「OKですって」そよ風は受話器を置くと、ケンシロウにVサインをしてみせました。「今すぐ、仮の着ぐるみをもって駆けつけるそうです」

「仮の着ぐるみ?」とケンシロウは訊きます。

「ええ」とそよ風は答えます。「プレスという記者さんから借りた変装グッズをつけて、ブラウンさんの家に行くわけにはいかないでしょう」

「そりゃそうだ」
ケンシロウは納得しました。

あの格好でブラウンの家に向かう途中、プレスに見つかれば、自分が地球に帰ったという嘘はバレてしまいます。

またケンシロウは、もうあんな格好の悪い変装姿で外を歩きたくありませんでした。
愛しのローズにすら、笑われたのです。
ローズに再会するときは、もっとマシな格好でいたいとケンシロウは思いました。

「ああ早く、ブラウンさん来てくれないかなぁ…」
そよ風は時計とにらめっとしながら、ブラウンの到着を待ちます。

そうしてヤキモキすること、10分後…。
ついに、待ちに待った玄関のチャイムが鳴りました。

「キタ━(゚∀゚)━!!」と叫んで、ケンシロウは玄関のほうに向かおうとします。

しかし、そよ風は「待って!」と言って、ケンシロウの腕を引っ張りました。

「な、なにするんだよ」
ケンシロウは怒ったような表情で、振り返ります。

「プレスさんかもしれないでしょ」と、そよ風は声を潜めて言います。

「あっ、そうか…」
ケンシロウは青ざめた顔で口に手を当て、小声で返します。

「ボクが確かめてきますので、ケンシロウさんはここに隠れていて下さい」
そよ風は台所の床の収納スペースを開くと、そこに隠れるようにケンシロウを促しました。

ケンシロウはその指示に従い、足音をたてないようにその中に身を隠しました。

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★あらすじ★

熱帯夜の敵討

母親の敵討をとるには、深夜、巨人が寝静まった隙を狙うしかなかった。
しかし巨人はなかなか眠れないようだった。

今日は特に熱帯夜である。
昼間も尋常ではないくらい暑く、38度近くまで気温がのぼった。
夜になっても、なかなか気温が下がらない。
その寝苦しさのせいで、巨人は何度も寝返りをうっては、眠れない目をこすっているのだ。

弟は、「このぶんじゃ、今日は無理じゃない?」と弱気なことを言った。
確かにこの調子じゃ、巨人はいつ眠れるかわからない。

そこを無茶して下手に動けば、巨人に私たち兄弟が潜んでいるのを察知され、執拗な攻撃を受け、挙句に殺害ガスをたかれる羽目にあってしまう。
そうなれば、我々は一巻の終わりだ。

やはり、巨人が完全に寝入るのを確認してから、行動を起こすのが最善の策だろう。
ワタシは弟に、その策を告げ、辛抱強く巨人が熟睡するのを待つことにした。

すると、巨人はいびきをかきはじめた。
今がチャンスと思ったのか、弟はさっそく自慢のエンジンをふかし、特攻態勢にはいった。

「待て!」とワタシは制止を呼びかけたが、ワタシ以上に母思いの弟は、巨人めがけて突撃した。
かなりのエンジン音だったので、眠りの浅い巨人は目を覚ました。

「やばい、逃げろ!」
ワタシは弟にむかって声をはりあげた。

しかし巨人の振り下ろす手のほうが早く、弟は無残にもその手にはたき落とされた。

「うるさい、蚊だね。まったく、毎晩毎晩」
巨人はそう言うと、弟の死骸を枕元のゴミ箱に捨てた。

弟よ。
明日の晩は、必ず敵をとってやるからな。

第八十話 妄想に酔うケンシロウ

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「ナ、ナニ、何かいいアイデアでも思いついたの?」
突然、大きな声をあげたそよ風に驚いてケンシロウは訊きます。

「うん」とそよ風は答えます。「ここにいたらケンシロウさんは逃げ切れないと思うから、着ぐるみができるまでの間、ブラウンさんの家に匿ってもらおうと思うんだ」

「それはいいアイデアね」ミントは手をはたいて、賛同します。「もしそうさせてもらえたら、ケンシロウさんの身の安全は守られるし、ケンシロウさんが窮屈な思いをしなくてもすむもの」

「そういうこと」
そよ風は頷いて、ケンシロウにウィンクします。

「でもブラウンさん、引き受けてくれるかしら」ミントは心配そうに表情を曇らせます。「たとえ、ブラウンさんが承知してくれても、ご家族に反対されたら」

「確か、ブラウンさんは一人娘がいると言っていたよねぇ」とそよ風は言います。

「ええ」とミントは答えます。「奥様は亡くなられたと言っていたから、その娘さんと二人暮らしかしら」

「たぶん」と頷くそよ風。そしてその顔は楽観的な明るい表情にかわります。「でも、その娘さん。ケンシロウさんに好意を抱いているそうじゃないか。だったら、ブラウンさんさえ承知してくれれば、うまくいくと思うよ」

「そうね」
ミントの表情も晴れます。

しかしそれ以上に、歓喜の笑顔を浮かべたのはケンシロウでした。
愛しのローズと一つ屋根の下で、しばらく暮らせる。
うまくいけば、一気に二人の距離は縮まるかも。ムフフ…。
そう妄想し、ケンシロウは鼻の下をだらしなく伸ばしました。

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「じゃ、さっそくブラウンさんに電話をかけてみるよ」
そよ風は再び受話器をあげると、電話のボタンを押し始めました。

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★あらすじ★


歴史から学べる経済書

TPPだの、消費増税だの、それが将来、いい影響を及ぼすのかどうかわからない問題が山積しております。

こういうときはよく、「歴史に学べ」と言われます。
といっても、歴史通ではない私のような凡人は、歴史から何をどう学べばいいのか、皆目見当がつきません。

そこで、何かいい本がないかと近所のTSUTAYAをぶらぶらしていましやら、ありました、ありました、ドンピシャな本が。

それは、ダイヤモンド社から出ている『経済は世界史から学べ』(茂木誠 駿河台予備学校 世界史科講師)です。

毎晩寝る前に、これを小説と併読して、少しづつ読んでいるのですが、これほどわかりやすい経済書は最近読んだ覚えがありません。

いま起きている問題も、実は昔から繰り返されている問題で、その当時、どんな選択をしたかで、どのような顛末になるかを、まさしく歴史を通して学ぶことができるのです。

これを国民すべてが読めば、政治家の先生たちも具合が悪くなるだろうなぁ…。
そんな心配をしてしまうほど、威力のある本です。

歴史とは、力の強い国の屁理屈で押し通され、追い込まれたどこかの国の我慢が限界に達し、最悪、大戦がはじまる…。
愚かな歴史を繰り返す人類は、ちっとも成長していないようです。

一読する価値のある良書です。
オススメです。

第七十九話 逃げ場のないケンシロウ

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「でも、すぐに記者さんくるんでしょ」とミントは言います。「とにかく、ケンシロウさんをどこかに隠さないと」

「うん、そうだね」そよ風は頷き、困ったように周囲を見回します。「でも、どこに隠れてもらえばいいのか…」

「寝室で、いいんじゃない」とケンシロウは提案します。「そこの押入れのなかに隠れて、プレスが帰るまで、息を潜めているよ」

「そんなのダメだよ」青空は小馬鹿にしたように笑います。「だって、かくれんぼした時、誰だって押入れの中を真っ先に探すよ」

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「そうか…」
そよ風は腕を組んで唸ります。

「そんなに心配する必要ないと思うわよ」とミントは明るい声をかけます。「いくらなんでも、他所様の家の中を勝手に探しまわるなんて、失礼なことするわけないもの」

「だと、いいんだけど…」そよ風はまだ楽観的な気分になれないようです。「新聞記者ってのはしつこいし、疑い深いからね。特ダネをとるためなら、何だってするもんだよ」

「そうかぁ」
ミントは再び顔を曇らせます。

「それに、家族のそれぞれに、取材して回る可能性もある」とそよ風は言い、青空をチラリと見ます。「僕らはなんとか嘘をつけても、青空とお父さんがボロをだすんじゃないかと…」

「ねぇ、ボロって何、服がボロボロだってこと?」
青空はミントのエプロンを引っ張って訊きます。

ミントはそれに答えず、「だよねぇ」と言って、ため息をつきます。

「たとえ、今回はうまく逃げられたとしても、見張られる可能性もある」そよ風は、妻を上回る深いため息をつきます。「そうすれば、どこまで隠しきれるかどうか…」

「ああ、着ぐるみさえ早くできれば…」
ケンシロウは、情緒が不安定になったときにでる癖の貧乏ゆすりをはじめます。

すると、そよ風が何かをひらめいたように明るい表情を浮かべ、「あっ、そうだ」と大きな声をあげました。

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第七十八話 頼りない味方

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「逃げないでくださいよぉ」
ケンシロウは、大慌てで登校しようとするアルトの背中に、情けない声を投げます。

しかしアルトはケンシロウに一瞥もくれず、「じゃ、頑張って」という励ましだけを送って、食堂を出ていきました。

「ひどいなぁ、アルトさん」
ケンシロウはショボくれた声を漏らします。

「大丈夫だよ、ケンシロウ」代わりに、そよ風家のアイドル、青空が頼もしいことを言ってくれました。「ボクがついているから」

「ダメよ」ミントはピシャリと言うと、青空の前にトンとかわいらしい絵柄のついた鞄を置きます。「そんなこと言って、ずる休みしたいだけでしょう。さぁ、早く食べて、幼稚園にいくわよ」

「え~っ」青空はかわいいほっぺを膨らませます。「ママと別れたくない」

「ダメ、そんなこと言っちゃ」ミントはフォークでトマトを刺すと、それを青空の口元に向けます。「さっさと食べないと、怖いおじさんが来ちゃうわよ」

「怖いおじさん?」
青空は、差し出されたトマトを頬張りながら首を傾げます。

「そうよ。パパがいま電話で話していたでしょ、そのおじさんと」マリーはそう言うと、今度はそのフォークをケンシロウを突き刺すようにふり下ろしました。「これから、ケンシロウさんを食べに来るって言ってたじゃない」

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「いやん。怖い」青空は悲鳴をあげます。「ボク早く食べて、幼稚園に行くね」

「そうよ。賢い子ね」
ミントはにっこり笑うと、おびえているケンシロウに申し訳ないといった感じで手を合わせます。

「でも、本当に弱ったなぁ…」
そよ風は受話器をおくと、途方に暮れたような声をあげました。

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第七十七話 困った電話

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「プレスさんて、アルパカ市民新聞の記者さんよねぇ」ミントは動揺した顔を、夫のそよ風に向けます。「どうしましょう、アナタ」

「う、うん」そよ風も動揺した面持ちで、生唾をごくりと飲み込みます。そして受話器をもつマリーの側に寄ると、右手を出します。「ボ、ボクが対応するよ」

「お願い」と言って、マリーはそよ風に受話器を手渡します。

そよ風は、まるで目の前にプレスがいるかのように、姿勢を正すとお辞儀をして話し始めました。
「ワタクシ、この家の主であるそよ風と申します」

すると、聞き捨てならないといった感じで、リーフが言います。
「ナニ、この家の主はワシじゃぞ」

「ちょっと、お爺さん」マリーはしかめっ面の口元に人差し指を立て、リーフを叱ります。「シーッ!」

「ナニ、お呼びじゃない」とリーフは戯けてみせます。「これは、どうも失礼しました」

「ち、ちょっとお待ちください」そよ風はそう言うと、受話器に手を当て、小声でマリーに伝えます。「お母さん、申し訳ないんだけど、お父さんを別の部屋に連れて行ってもらえますか。気になって、対応できないから」

「わかったわ」
マリーはそう答えると、車椅子を押してリーフを食堂から連れ出しました。

ようやく食堂に静寂が戻りました。
食堂に残った家族は耳を澄まして、そよ風の電話応対を聞きます。

「ケンシロウさんの取材の件なんですけど…、お断りしたいんですが…、いや、そういうわけではなくて…、お断りする理由は、ケンシロウさんがもう地球に帰ってしまったからなんです…、いや、本当ですよ…、えっ、だったら、見に行く? そ、そんな信用してくださいよ…」

「えっ、来るの? 記者さん」
そよ風の話を聞き、ミントは困惑した表情をアルトに向けます。

「やだ、 アタシ、学校に行く時間だから、逃げちゃお」
アルトは食パンを牛乳で流し込むと、慌てて席を立ちました。

「そ、そんなぁ~」
ケンシロウは心細そうな目で、アルトの背中を追います。

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★あらすじ★

第七十六話 招かざるベル

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「ナニ、ワシのヤンキー時代の着ぐるみじゃと」とリーフは言います。「それはいい! おぬしもそれを着れば、女子にモテモテになるぞ」

「なわけねーだろ!」
ケンシロウはツッコミを入れます。

「まぁまぁ、その件はおいといて」貴重な朝食の時間を、そんなくだらない漫才に割く時間はないとでもいうように、そよ風は仲裁に入ります。そして再び真顔で話し始めました。「昨日の家族会議でも話したように、アルパカ市民新聞の記者から、ケンシロウさんのことを特ダネにさせてもらいたいという依頼を受けて、どうしたらいいか対応に困っているんだけど…」

「それで新しい着ぐるみをブラウンさんに作ってもらって、窮地を乗り切ろうってこと?」
頭の回転が速いアルトが、先読みをして訊きます。

「うん、そういうことなんだ」と、そよ風。さすがは自慢の娘だと感心するような笑みを浮かべています。

「なるほどな」とリーフが、また口を挟みます。「それでワシのヤンキー時代の着ぐるみが役に立つというわけか。カミソリのリーフと恐れられたあの面構えで睨まれたら、どんな奴も震えあがってしまうからのう。そうすりゃビビって、特ダネなんてゴリ押しできなくなるわい」

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「いや、そうじゃないんです」とそよ風。今度は、こんな父親の息子であることが悲しいとでも言いたげな萎れた表情を浮かべています。

「じゃ、なんなんじゃい!」
リーフは憤慨して問いただします。

「そ、それは、ブラウンさんにアルパカ星人そっくりの精度の高い着ぐるみを作っていただきまして、それをケンシロウさんに着てもらうことで、ケンシロウさんはもう地球に帰還したという話にしたいのです」

「それはいいアイデアね」
ミントは、夫に尊敬の眼差しを送ります。

「でも、着ぐるみの完成には、一ヶ月くらいかかるといっていたじゃない」昨夜の現場に居合わせたマリーは不安に満ちた表情を浮かべて、息子を見ます。「そこまで記者さんをだませるかしら」

「だから、着ぐるみが完成するまでは、ケンシロウさんは自室から外に出ないでいてもらいたいのです」と、そよ風は答えました。


これは窮屈な生活を強いられるぞ、とケンシロウが思っていたら、食堂に置かれた固定電話のベルが鳴りました。

固定電話のいちばん近くに座っていた、マリーが受話器をとります。

そして受け答えをすると、すぐに受話器を手で塞ぎ、青ざめた顔を家族に向けました。
「困ったわ…、プレスさんからよ」

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★あらすじ★

心地よき悪夢の誘い

柔らかな朝の日差し。

細く開けた窓から、爽やかな風がはいる。

早起きの小鳥の声だけが、外から聞こえてくる。

目を閉じると、悩みのなかった子供の頃を思い出す。

そうしていると、久しぶりに心地よい眠気に誘われた。

しかし、そっちにいってはいけないと、私は必死に睡魔と戦う。

寝入ってしまえば、再びあの悪夢の世界にひきもどされるとわかっているからだ。

ループのように出勤地獄が繰り返され、遅刻するかとひやひやするあの悪夢に…。大人はつらいよ、と私はつくづく思った。

切り崩し作戦 (下)

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「で、奴は、どう民を欺いておるのじゃ」
赤池義清は、仁王のような形相で顔を上気させて訊く。

軍師寛平は、親方の怒りを鎮めるような落ち着いた口調で答える。
「自分が天下をとれば、交易などで大いに稼いで、かつてないほど国を豊かにしてみせると、大竹右近は豪語しているようです。そしてその稼いだ利益を、皆に公平に分配して、皆がこの国に生まれてよかったと思えるようにするのが自分の夢だと、語っているそうであります」

「立派な夢じゃのう」赤池義清は鼻で笑った。「ただし、それが本音であればの話じゃ」

「まったくであります」と軍師寛平は頷き、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて話を続けた。「大竹右近は、だから天下をとるためには軍資金が必要だと偽り、民からそれを上乗せした租税を絞りとっているそうであります」

「つまりは、民の希望を食い物にしているというわけじゃな」
赤池義清は怒りのはけ口を、手にした扇にぶつける。
赤池義清の腕力によりへの字に曲がった扇は、弾けるような音をたてて割れた。

「冷夏の影響で不作なのを考慮せず、重税を緩めないので、大竹右近の領土からは餓死者も出はじめております」
軍師寛平が緊急を要する現状を報告すると、赤池義清はますます顔を上気させ、「急いで、大竹右近の化けの皮を剥いで、民を救い出すのじゃ!」と声を張りあげた。

「その点については、すでに大竹右近の領土の村人になりすました当方の兵が、高山右近の真の姿を民の間に流布しておりまする」

「そうか」赤池義清の険しい表情がわずかに緩んだ。「で、村はどうなっておる」

「一気に噂が広まり、大騒動になっております」

「民も、ようやく高山右近の魔法から解けたようじゃの」
赤池義清はニヤリと笑う。

「はっ」軍師寛平も口元を緩める。が、すぐに引き締まった表情に戻す。「しかし重要なのは、これからであります」

「というと?」

「噂の発生源はどこか、城内で犯人追及がはじまっているからであります」
軍師寛平は、声を潜めて言った。

ふたりは、織成猛司が城主をつとめる安田城の離れにいるのである。
口を慎まなければ、災いが降りかかる。

「それは大事じゃ」赤池義清もささやくような声で返した。「ここで謀反がばれたら、わしらは生きてこの城から出られぬじゃろう」

「しかし今が、大竹右近と織成猛司の仲を崩す絶好の機会であります」そう言うと、軍師寛平は袖口から巻物を取りだした。「これは隠密に盗ませた、大竹右近の悪巧みが記された巻物であります」

「ほう…」赤池義清は軍師寛平から巻物を受け取ると、その内容を確かめる。「これには、おぬしがいま語った話がすべて記されておるではないか」

「はっ」軍師寛平は周囲を気にしながら答える。「つまり、これが犯人を特定する重要な証拠になるわけです」

「そ、そうか…」赤池義清は焼けた薪を手にしたように大慌てで巻物を巻くと、それを寛平に返す。「で、これをどうするのじゃ」

「拙者が飼いならしております梟を使って、皆が寝静まった深夜、織成猛司の腹心の部下である前田光春の寝室に運ばせます」

「ほう」赤池義清は、小窓からみえる天守閣に近いあたりに目をやった。「大竹右近にその座を奪われるのではないかと敵愾心を抱いておる前田光春の寝室にか…」

「そうであります」軍師寛平は巻物を再び袖口に隠しながら、同じ方向に視線を向ける。「これが前田光春の寝室で見つかったとなれば、大竹右近も腑に落ちるはずです。そうなれば、前田光春を生かしておくわけにはいかなくなるでしょう。しかし腹心の部下である前田光春が暗殺されたとなれば、織成猛司も黙っておりますまい。化けの皮がはがれ、民の信用を失った大竹右近と同盟を組む道理も薄れれば、余計に見逃すわけにはいかなくなるはずです」

「そうなれば、復讐合戦の始まりじゃのう」赤池義清はふたつに折れた扇を拾うと、それを使ってチャンバラの真似をしてみせた。「うちらが手を出さずとも、切り崩しに成功できる。これは愉快、愉快じゃ」

〈完〉

途方もなくていいの

「もう年の暮か、早いねぇ、一年がたつのは」
おいちゃんが、とらやの外を眺めながら、お茶をすする。

「本当ねぇ」さくらも、店のテーブルを拭きながら、外に目をやる。「お兄ちゃん、今頃どうしているかしら」

「そういえば、もうそろそろ帰ってくる頃じゃないかい、寅ちゃん」
奥で片付けものをしているおばちゃんが、暖簾から顔を出す。

「嫌だよ。変なことを言わんでくれ。縁起でもない」
おいちゃんがそう返すと、店先を行き交う人達がざわつき始めた。

何だと驚いて、おいちゃん、おばちゃん、さくらは店先に体をむける。

すると、噂をしていた車寅次郎が、杖をつきながらよろよろと店の中にはいってきた。
そして意識朦朧とした様子で言った。
「すみません。あたくし車寅次郎と申しますが、とらやさんはこちらでしょうか?」

「何言ってんだよ」おいちゃんが返事をします。「ここがとらやじゃないか」

「えっ…、あっ、本当だ」
寅は細い目を見開き、店の中を見回した後、おいちゃんたちを確認する。
それでほっとしたのか、崩れ落ちるように店の椅子に腰をおろす。

「どうしたの、お兄ちゃん」
さくらが心配そうに声をかける。

「はるばる九州から帰ってきたのよ」寅は客が残した団子を頬張りながら答える。「それがさぁ、途中でお金がなくなっちゃって、三日三晩、何も食わずに徒歩の旅よ」

「まぁ…」おばちゃんが驚いて声をあげる。「それじゃ、お腹がすいただろ、お夕飯はごちそうを作ってやるからね」

「馬鹿!」と、おいちゃんが注意する。「三日三晩何も食べていない人間に、そんなもの食わしたら毒だろ。おかゆでもつくってやれ」

「そうだね、はいよ」と、おばちゃん。

「そんなことよりも…」団子をたいらげて少しは空腹感がおさまったのか、寅はさくらに尋ねる。「俺に便りがきていなかったかい」

「そういえば、きてたわ」さくらは居間に上がると、探した便りをもって寅のもとに戻ってくる。「ええと、三井はるかさんという方からよ」

「な、なに!」
その名前を訊くやいなや、抜け殻のようだった寅の身体は生き返ったように反応し、さくらからハガキを奪い取ると、細い目で食い入るようにそれを読む。

「三井はるかさんて、どういう方?」と、さくらが尋ねる。

「ええ…、そんなことを説明している暇はないよ」ハガキを読み終えた寅はそう答えると、うろたえたように立ち上がり、トランクを手に外に出ようとする。「早くしないと、はるかさん、死んじゃうかもしれない」

「なに、その人、病気なの?」と、声をかけるさくら。

「病気じゃないよ!」と、かみつく寅。そして手にしたハガキをさくらの前に突きだして言う。「はるかさんというのはねぇ、大失恋して傷心の一人旅をしていた娘さんなんだ。その子がだよ、死ぬ前に一目寅さんに会いたかった、と書いて寄こしたんだ、このハガキに。まだ、心の傷が癒やされていなかったのかなぁ。かわいそうに…」

「でも、行く先はわかるの?」と、さくらは尋ねる。

「わからないよ、だから捜しにいくんだろ」と、混乱した寅は理屈にもならないことを言う。

「そんな途方もないことを、馬鹿だねぇ」
おいちゃんは呆れたようにため息を盛もらすと、老眼鏡をかけて読みかけの新聞に目を移す。

「途方もなくていいの!」
カチンときた様子の寅は、おいちゃんを睨みつける。

「それはどういうことだ、おい、寅」おいちゃんは売られた喧嘩は買うといった感じで、中腰になる。「いくら狭い日本だからといって、ひと一人を探すとなれば、どのくらい日にちがかかると思っているんだ。常識でものを考えろ」

「ふん、常識ですか」寅は馬鹿にしたように鼻で笑う。「そんなことを言っているから、いつまでもこんなしがない団子屋をやっているんだ」

「な、何だと…」おいちゃんは、手にした新聞を寅にむかってなげつける。「カタギの商売をしたこともない、お前に言われたくないよ!」

「だったら、はるかさんを、見殺しにしろってのかい!」寅は足元に舞い落ちた新聞を拾うと、それを丸めておいちゃんになげつける。「いいかい、おいちゃん。途方もないからやらないって言っていたら、おいちゃんが馬鹿面をして観ているテレビだって、さくらが配達につかっているバイクだって、この世に創造されなかったんだぞ。そうだよ、何だって最初は、途方もない空想からはじまったんだ。そのうち、宇宙旅行だってできるようになるかもしれない」

腕まくりをしかけたおいちゃんだったが、妙に説得力のある車寅次郎の講釈に返す言葉もなく、疲れたように腰をおろした。

切り崩し作戦 (中)

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「大竹右近がいかにして、民を洗脳したか調べてまいりました」と寛平は言った。

「それはつまり、民が何を理由に大竹右近に傾倒するようになったかということであるか?」
武将赤池義清はそう尋ねながら、さすがは軍師寛平と唸った。

それまで赤池義清は、大竹右近の洗脳力にただ圧倒されるだけで、その観点からみることはなかったからである。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということわざもある。
幽霊の正体を知るには、その幽霊にみえるものの情報を集めることが得策だ。
孫氏も「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず」と言っているではないか。
戦略のたて方の基本に忠実な、軍師寛平の手法に間違いはないと赤池義清は思った。

「はい、そうであります」軍師寛平は、逆にそれに気がついた親方の鋭い勘に、尊敬の眼差しをそそぎながら頷く。「上っ面だけをみて、怖がっていても仕方ありません。どんなに取り繕っても、偽善者の皮の下は、その本性が隠されているものです。我々がなすべきことは、大竹右近の皮の下を知り、それを剥いでみせることです。そうすれば、民もその魔法から解かれることでしょう」

「ほう」赤池義清は得心がいって、扇で太ももを叩く。「で、大竹右近の皮の下は、どうじゃった?」

「耶蘇教の教えを悪用して、民を洗脳しておりました」

「ほう」赤池義清は扇を開くと、その返事を待てないかのように慌ただしく扇を仰ぐ。「で、耶蘇教の教えとは?」

「貧しい人など弱者を愛する心というものであります」

「貧しい人とは、つまり民のことであるか?」
またも鋭い勘を働かせて、赤池義清は尋ねる。

「そうであります」軍師寛平は深く頷き、赤池義清が一言も聞き逃さずに済むようなゆっくりとした明瞭な口調で、詳しい説明をつけ加える。「つまり耶蘇教の精神に則り、民を第一においた政治を行うと宣言したことで、これまで虐げられてきた民から支持をうけるようになったというわけです」

「何じゃと…」
それを聞いた赤池義清は、沸々と怒りがわいてきた。

それは、己が民を第一においた政治を行ってきた自負があるからだ。
ところが、大竹右近はそれを民をだます手立てとして使った。
大竹右近の行為は、赤池義清の自負心を踏みにじるようなものだった。

許せぬ…。
赤池義清は、大竹右近が織成猛司と組んで天下をとることは、命をかけてでも阻止しなければならないと思った。

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切り崩し作戦 (上)

民を苦しめる極悪非道な武将織成猛司と大竹右近の同盟軍が天下をとることを阻止するために、その同盟軍に加わり、機会を狙って謀反を起こすことを胸に秘めた武将赤池義清であったが、その巨大な軍事力を知るにつれ、謀反による切り崩しは容易ではないことを悟った。

同盟軍の軍事力は、赤池義清の保有する軍の20倍にあたる。
まともに戦って勝てる相手ではない。

また、組織の結束力においても侮れないものがあった。
織成猛司と大竹右近の軍事同盟は、対等関係において築かれているといわれていたが、内にはいってみると、それは異なり、織成猛司を頭に据えた組織構造になっていた。

大竹右近がその座を譲ったのは、カリスマ性において織成猛司に、とても敵うものではなかったからだ。

大竹右近はキリスト教の力を悪用して民を洗脳し、領土を拡大していった悪知恵の働く男である。
圧倒的なカリスマ性をもつ織成猛司と頭の座を争うことよりも、素直にその座を譲り、陰の主役として織成猛司を操ったほうが、得るものが大きいと考えたに違いない。

大竹右近は、他人を洗脳する力においては、織成猛司よりはるかに長けている。
表面上は織成猛司を立てながらも、その洗脳力を使って織成猛司を手のひらで転がし、己の思い通りの政治を行う。
それが大竹右近のやり口であった。

また大竹右近は、その洗脳力を駆使し、組織力の強化も図った。
それは、強力なカリスマ性を備えた織成猛司の力を借りながら、巧みに部下を洗脳し、彼らの織成猛司にたいする忠誠心をさらに強めることにより、規律のとれた組織をつくりあげるという計略であった。

悪知恵とはいえ、優れた頭脳を持つ大竹右近は、手強い相手である。
そのような知将大竹右近が、織成猛司への忠誠心を悪用して築いた組織を相手に謀反をおこせば、頭の仇討ちで猛烈な逆襲を受けるに違いない。

そうなれば、赤池軍は全滅だ。
それこそ、三日天下で終わる。

「どうしたものよのう、寛平」
赤池義清は頬杖をつきながら、軍師寛平に言った。

「大丈夫でござります」弱気な赤池義清の尻をたたくような力強い口調で軍師寛平は答えた。「逆に大竹右近の洗脳力を活用すれば、勝機は見いだせます」

「何、それはどういうことじゃ」
赤池義清は頬杖をはずした顔を、軍師寛平のほうに突き出した。

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安い買い物

2080年、地球環境は看過できないまでに悪化していた。

それでもなお、人類の貪欲な経済活動にブレーキがかからず、熾烈さを極める国際競争で貧富の格差も拡大し、また、それをめぐる紛争も絶えなかった。
それが世界大戦にでも発展すれば、それこそ地球環境は壊滅的なダメージを受けてしまう。

人類は一刻も早く、この難局を解決する処方箋を打ち出さなければならない事態に追い込まれていた。

ここに、長年寝る間も惜しんで、その打開策の研究に打ち込んできたグループがある。
そしてその研究グループは、ついに経済活動と環境保護の調和に優れた新たな社会システムの開発に成功した。

「これでようやく開発にかかった莫大な費用を回収できますね。いやそれどころか、開発費をはるかに上回る利益を得ることができるに違いありません」
野心家の若い研究員が歓喜の声をあげた。

しかし開発の辛苦で50にして頭髪が真っ白になったリーダーは、申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。
「悪いが、我々の研究成果は、フリーで公表するつもりだ」

「ば、ばかな…」その、血の気の多い若い研究員は、顔を真っ赤にして反論した。「ようやく、待ち焦がれた名誉と富が得られるというのに…。それをフリーで公表するだなんて、馬鹿げています!」

「そうかね。馬鹿げているかね」リーダーは、あらかじめそういう反論があることを承知していたかのように、落ち着いた口調で答える。「しかし我々がこの研究成果を独占するよりも、より多くの人がこの研究成果を自由に活用できるような環境をつくるほうが、より発展すると思わんかね。一刻の猶予も許されない地球環境を救うには、ボクはそのほうが賢い選択だと思う」

「まぁ、それは…」
若者は言葉を詰まらせ、上気した顔を俯かせた。
彼もようやく、研究の初心を思い出せたようだ。

リーダーはその若者だけでなく、すべての研究員に穏やかな眼差しを注ぎながら言った。
「この程度の開発費で、瀕死状態の地球を救えたと思えば、安い買い物だよ」

バカ親の誤算

その男女が夫婦になった理由は、一風変わったものだった。

良質な子どもを大量生産し、その子らをタレント養成事務所に入れ、人気子役として成功してもらい、それで富を築こうというものだったからだ。

ふたりはパートナー選びに、三つの点を重視した。

まずひとつ目に重視したのは、容姿である。
その理由はもちろん、容姿が良くなければ、子役としてトップにたてる、かわいい子どもを生産できないからである。

ふたつ目に重視したのは、頭の良さである。
いくら容姿がよくても、台詞覚えがよくなければ、役者としては大成しないからだ。
また、生き馬の目を抜く芸能界で生き残るには、鈍才では通用しない。
大人にうまく取り入るにも、賢さが必要だ。

最後に重視したのは、演技のセンスである。
「瓜の蔓に茄子はならぬ」ということわざがあるが、才能も遺伝する確率が高い。
従って、「鳶が鷹を生む」のような賭をするのは、愚かなことだとふたりは考えていた。

そういう目的で、ふたりは猛勉強の末、一流大学に合格し、演劇サークルに入った。
そこで、すべての条件を満たすパートナーとして、相互の存在を知ったのだった。

それはある意味、一目惚れのようなものだった。
しかし恋愛感情的な一目惚れではなく、ビジネス的な観点からみた一目惚れであった。

もちろんふたりとも、相手が自分と同じ想いを抱いてるなんて思ってもみないから、最初は得意とする演技力を使って、燃えるような恋愛感情を抱いて接しているふりをした。

しかし本音は隠せないものである。

デートで寄った居酒屋で、しこたま酒をのんだ勢いで、男は冗談ぽく、こんなことを口走ってしまった。
「ボクらが結婚すれば、きっとものすごくかわいくて賢い子どもができるよね。で、その子をタレント養成所にでも入れて、子役にしたら成功するんじゃない」

すると、穏やかだった女の表情が、いままでに見ことのないような厳しいものに変わった。
そう、男の目には映った。

しまった…。
男は一気に酔いが冷めるくらいの後悔に襲われた。
これで彼女との仲が壊れたら、俺の夢は閉ざされる…。

「本気にした? 冗談だよ。冗談」
男は動揺を悟られないように笑い飛ばして、その難を逃れようとした。

しかし女はシリアスな表情を崩さず、そこで本音を打ち明けた。

それからふたりは、つきあって初めて演技抜きの意気投合をして、その晩のうちに、ビジネスパートナーとして結婚の契約をすすめた。

しかし夫婦の目論見は、見事にはずれた。

子どもは10人生産できたが、彼らの期待する水準に届かない商品がほとんどであったからだ。
夫婦はそれらを不良品と呼び、金のかかる在庫としてもてあましていた。

出来の良い商品にかかる投資がバカにならないので、不良品にはほとんど食事も与えず、世話も焼かなかった。
そのうち、不良品のひとつが衰弱して亡くなった。

夫婦はそれを隠そうとしたが、腐敗臭が尋常でなくなったことで、近所の者に通報され、ついに幼児虐待として逮捕された…。

うそつき小僧

はぁ〜と、若い母親は深い溜息をついた。

5歳になる息子が、うそばかりついて困っているのである。
何度叱っても、この悪癖はなおらないのだ。

いや、そもそも彼はなおす気がないのかもしれない。
きつく叱ると、面白い顔をしてこちらを笑わせ、その場をごまかそうとするのだ。
この子は将来どんな大人になるのかと思うと、心配で夜も眠れない。

夫に頼んで叱ってもらっても効果がないので、もう思いつく手立てはない。
「探偵!ナイトスクープ」にはがきを書いて、助けを求めるしかないのかと思うほど、母親は追い詰められていた。

その時、ママ友からいい話を聞いた。
「うそつき小僧」という石像を置いてある寺があって、その寺の住職に説教をしてもらえば、どんな天邪鬼でも改心するというのだ。

さっそく母親は息子をつれてその寺に向かった。
寺は、川沿いの古い民家が立ち並ぶ暗い林の中にあった。

門の先には、塗装の剥げた大きな仁王様が鎮座しており、それだけで母親は軽い恐怖心を抱いた。

大人の自分でさえそうなのだから、幼い子供はさぞかし震えあがっているだろうと思い、息子を見下ろすと、なんと、平気な顔で鼻くそをほじくっている。
これは余程の大物か、相当な悪党か、母親はものすごい形相で睨む仁王様よりも、我が子を恐ろしく思った。

事前に電話でお説教の依頼をしておいたので、母親は住職に言われたとおり、寺院に隣接された家屋の呼び鈴を押した。
住職はすぐに、玄関の引き戸をあけて出てきた。

60代くらいの恰幅のよい住職だ。
さっそく演出をしているのか、住職は無愛想な表情を息子に向けた。

「この子かね、うそつき小僧は」と住職は母親に訊く。

「そうです」と言って、母親は手を引く息子を前に出す。「今日はよろしくお願いします」

「うむ」住職は頷くと、息子の頭をポンとたたいて歩き始めた。「ワシの後についてきなさい」

彼岸花の咲き誇る小道を歩いて行くと、その先に気味の悪い石仏があった。

「これがうそつき小僧じゃ」と住職は言った。

石仏+のコピー_convert_20140712173757

「いやだ、気味悪い」
最初に悲鳴をあげたのは、母親の方であった。

息子もさすがに恐怖心を抱いたのか、きつく手を握り、母親の後ろに隠れる。

「これは、嘘をついて仁王様から石にされた子供じゃ」と住職は説教を始めた。「それは昔々の話じゃ。このあたりが今よりも深い林にあった頃のこと。この村に、この子のような、とんでもないうそつきの子供がおった」

「ボクみたいな…」
息子は母親の背後から顔だけつきだし住職にきく。

「おお、そうじゃよ」と住職は恐い形相をして答える。「その子は、貞雄という名前じゃった」

「貞雄…、貞子みたいな名前」
母親を握る息子の手は汗ばむ。
いいぞ、いいぞ、と母親はほくそ笑んだ。

「貞雄は、村でも有名な天邪鬼でのう。どんなに懲らしめても、村人を困らすうそばかりついておった。そこで村人は、この寺の住職に助けを求めたのじゃ」

「その住職って、和尚さんのこと?」と息子は恐恐住職を指さす。

「いいや、ワシの先祖じゃよ。何代も前のな」と住職は答え、話を続ける。「で、住職はお灸をすえようと、貞雄を寺の柱に縄で結びつけたんじゃ。ここで一晩、懲らしめれば、さすがの悪ガキも改心すると思ったのじゃろうなぁ」

「それは、大人でさえ恐いでしょうねぇ」
母親は高い杉のせいで陰った寺院の柱に目をやって言う。

「うむ。昼間でさえ、この有り様じゃからのう」と住職は白髪の顎鬚を撫でながら言う。「それでじゃ、みんなが寝静まった丑三つ時。天候が急変して、この辺りは豪雨に見舞われたのじゃ。それで、たちまちのうちに、川が氾濫して、この村は浸水した。村人は自分の身を守るのに精一杯で、住職すらも、寺の柱に結びつけておいた貞雄のことを忘れとった。明け方、そのことを思い出し、寺に帰ってみると、貞雄はこのような石になっておったというわけじゃ」

「こわ〜い」
息子は母親の腰に両手をまわして泣き声をあげた。

母親は効果があったと安堵しながらも、このつくり話に身の毛がよだった。

「だから、うそをつくと仁王様に石にされるぞ」
住職はトドメの一言を息子に投げた。

しかし息子は悲鳴をあげながらも、住職に言葉を投げ返した。
「じゃぁ、和尚さんだって石にされるね。だって、人間が石になるわけないもん。今の話、全部うそでしょ」

後物取引の落とし穴 (下)

前へ

男がタイムマシンのナビゲーションシステムに設定した行く先は、備中高松城包囲中の羽柴秀吉を援護するために織田信長が宿泊している京都の本能寺であった。

この夜、織田信長は家臣の明智光秀に襲撃され自害を迫られるのである。
その情報をいちはやく伝えることで、ご褒美を得ようと男は企んでいた。

男の乗るタイムマシンが到着したのは、織田信長が今まさに寝入ろうとする間であった。
この数分後に、織田信長は謀反を起こされるのである。

今なら間に合うと、男は仰向けで目を閉じている織田信長に声をかける。
「殿、お逃げ下さい。明智光秀が今まさに、殿を殺しに来ます」

織田信長はハッと目を見開き、驚愕の表情で彼を見る。
「な、なんじゃ、貴様は?」

「ハッ」男は失礼に当たらないように、正座をして深々と頭をさげる。「私は、殿を救いに未来からきた者です。決して怪しい者ではありません」

「なに、未来からじゃと…」
織田信長は訝しそうな表情を浮かべる。

「はい、そうであります」男は、自分を向けられる鷹のような鋭い眼光の織田信長に怯えながらも、信用を得ようと笑顔をつくって答える。「で、殿のお命を救ったご褒美として、何かお宝をいただけないでしょうか」

「た、戯けたことをいうな」
織田信長はバッと起きあがると、枕元においた日本刀を抜く。

「あっ、いや、だから怪しいものでは…」
あまりの威圧感におされ、男は腰をぬかす。

しかしこのまま帰ったら無駄足だ。
男は尻を引きずって後退りしながらも、なにか金目のものはないかと周囲に目を這わす。

すると、タイムマシンの近くに置かれた巻物が目に入った。

こんなものが金になるかどうかわからぬが、彼が好んで観ている『開運なんでも鑑定団』では、巻物も内容によっては、高値がつく。
もしこれが、謎の多い本能寺の変の真実を知る手がかりになる資料だとしたら、かなりのお宝になるに違いない。

男は転がるようにその巻物に飛びつくと、大慌てでタイムマシンに乗った。

命からがら現代に戻った男はタイムマシンから降りると、大切な巻物をせんべい布団の上に静かに置く。
そして自分も、その横に仰向けに寝る。

布団が背中に貼りつく。脂汗で不快だ。
ひと風呂浴びたいところだが、あまりに疲れているので、動く気になれない。
男はしばらく眠ろうと、目を閉じた。

と、その時である。
焦げ臭い匂いがただよい、男の右手のあたりが焼けるように熱くなった。

何事が起こったのかと、男は跳ね起きる。
見れば、巻物が燃えあがり、その炎がせんべい布団に引火しているではないか!

動転した男は、着の身着のまま、屋外に飛び出す。
男の唯一の財産である一軒家は、まるで本能寺が燃えるような炎につつまれ、崩れ落ちていった。

〈完〉

自分のことは棚に上げていい

「寅さんおかえり」
タコ社長は、いつものように勝手に人の家に入ってくると、半年ぶりに帰ってきた車寅次郎に声をかける。

「よっ、社長。相変わらず経営は苦しいか?」
団扇で蝿を追い払いながらビールを飲んでいる車寅次郎は、相変わらずの憎まれ口を叩く。

「大変なんてもんじゃないよ」タコ社長はうっかり油まみれのタオルで、汗の滲んだ太い首を拭いながら答える。「もう、首をくくってしまいたいよ」

「へ〜っ。それが首かい」車寅次郎は細い目を凝らして、タコ社長の油で汚れた首筋を見る。「タコに首があるなんて、俺は初めて知ったよ」

「な、なにを…」短気なタコ社長の顔は見る見る間に、茹でダコのように真っ赤になる。「寅さんに面のことは言われたくないね。自分だってカニみたいな四角い顔しているくせに。カニなんて首どころか、顔に足が生えているだけじゃないか」

「ハハハ」
タコ社長が自分の顔を両手で挟み、蟹の足のように指を動かしてみせると、おいちゃんは不用意にも笑ってしまう。

車寅次郎はおいちゃんをキッと睨んだ後、手にした団扇をタコ社長めがけてなげつける。
そしていつもの啖呵だ。
「おい、タコ。表にでろ! 今日は、ただじゃ済まさねえぞ」

「おお、やってやろうじゃないか。こっちこそ、半殺しにしてやる」
タコ社長は腕まくりをして、その喧嘩を買う。

「やめてよ。お兄ちゃん」
すかさず、さくらが仲裁に入る。

「そうですよお兄さん。久しぶりに帰ってきたんですから、喧嘩なんてやめて、楽しく夕食を食べましょうよ」さくらの夫博も、仲裁に加わる。「ほら、社長も大人げないことはやめて。お兄さんがおみやげに買ってきてくれた、くさやで一杯やりませんか」

「ふん」タコ社長は吐き捨てるように言う。「俺はねえ、何が嫌いって、くさやほど嫌いなものはないんだ。あんなうんこみたいな匂いのするものを口に入れたら、口の中が厠になってしまうよ」

「な、なんだと…」車寅次郎はくさやを手にとると、今度はそれを投げつけようと腕を振りあげる。「テメエのたらすくそは、このくさやの何倍もくさいくせに。よくもそんなことをいえたもんだ」

「もう、いい加減にして!」
おばちゃんが着物の袖を目元に当て、泣き始める。

車寅次郎はそれで戦意を喪失して、舌打ちをしながらくさやを皿に放り投げる。
そして一張羅の背広の上着とトランクを手にすると、「俺は旅に出るぜ。止めるな、さくら」と捨て台詞を吐き、一呼吸おいて「止めるなよ」と繰り返した。

しかしさくらは、その言葉と裏腹な兄の想いを汲もうとしない。
押し黙ったまま、そっぽをむいている。

「止めないのか、さくら」
見かねたおいちゃんが声をかける。

「だって…」とさくらは、涙声で答える。「お兄ちゃん、ひどいことばっか言うんだもの。自分のことは棚に上げておいて…」

「なんだよ。その言い草は」車寅次郎は細い目をつり上げると、手にしたトランクを再び床に置く。「自分のことを棚に上げてものを言うから、世の中うまくいくんじゃないか」

「どういうことですか、兄さん」
涙で声がでないさくらにかわって、博が訊く。

「オマエは学があるようで、何もわかっていないねぇ」
寅は博のまえにどっかと腰を下ろす。

「スミマセン」
博はペコリと頭を下げる。

「いいかい」寅は講釈を始める。「みんな、どこか欠点をもっているものだよ。でも頭に血がのぼると我を忘れて、つい他人に注意をしてしまう。それが人間てもんだ。わかるかい」

「ええ」
博は素直に頷く。

「それを、自分は欠点だらけの人間だから、何も他人に注意できない身分だと、世の中の人間全員が遠慮したらどうなると思う」

「だれも、注意する人がいなくなってしまいますね」

「だろ」寅は勝ち誇った表情を浮かべて博を見る。それから居間に集まった全員の顔を見回す。「だから、自分のことを棚に上げて、他人に注意していいの。わかりましたか、みなさん」

居間に集まったご一堂は、妙に説得力のある車寅次郎の講釈に返す言葉もなく、ただ頷くだけだった。

後物取引の落とし穴 (上)

異星人を殺して、その異星人が所有していたタイムマシンを手に入れた男がいる。
男はこのタイムマシンを悪用して、一儲けしようと企んでいた。

その手口とは、タイムマシンで戦国時代にさかのぼり、ビッグネームの戦国武将からお宝をもらい、それを骨董品として売りさばくというものだ。

これなら相当の大金が手に入る。
そうすれば、いつホームレスになってもおかしくない不安定な生活からおさらばだ。
男は、自分のひらめいた錬金術に酔いしれた。

が、ひとつ問題があった。

強者である戦国武将からお宝をいただくには、それにひきあう交換品を用意しなければならない。
しかし、三度の飯をも満足に食べられない無職の中年男である彼には、元手がない。

いろいろ考えた末、思いついたのは、予言と引き換えにお宝を得る手口である。
読めない乱世に身をおく戦国武将らにとって、いちばん欲しいものは、明日の情報のはずだ。
これなら元手はかからないので、ボロ儲けである。

未来の世界である現代ならば、すべての戦国武将の身にふりかかる災難を、いくらでも調べることができる。
歴史通でない彼は、さっそく知識を得るために図書館に足を運んだ。

それで、まず男が目をつけた戦国武将は、織田信長である。
戦国武将のなかでも図抜けてビックネームの織田信長からお宝をいただければ、うまくすれば億単位の大金を得られるかもしれない。

男は小躍りして、タイムマシンに乗り込んだ。

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ボクの愛車 Part3

今度紹介するボクの愛車は、カウンタック、日産GT-R、レクサス・SCの3台です。

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これは1/43モデルで、手のひらサイズの本当に小さいミニカーです。

しかし、ボクが子供の頃のミニカーに比べ、ものすごくリアルにつくられています。
それこそ、ゴールドのブレーキパッドやリアウィンドウのデフォッガーまでもが再現されています。

狭い部屋なので、大きめのサイズのミニカーばかり収集できない事情もありますが、これはこれでそれなりの充実感が得られます。

功名の怪我

某一流大学の工学部を首席で卒業した青年が、会社勤務の傍ら、「振り込め詐欺」を撲滅させるためのある装置の開発を行っていた。

その装置とは、電話と嘘発見器をハイブリットさせたものである。
嘘を見抜く精度をあげた嘘発見器を、どのような形態の電話機にも取り付けられるようにすることで、これ以上、慎ましく年金暮らしをしている老人が、ひどい目に遭わないようにしたいという義侠心から、寝る間も惜しんで開発したのである。

そしてついに、彼の努力が報われる日が来た。

彼はその喜びを、陰ながら応援してくれた妻に報告した。
そして、その成果をいちばんに体験してもらいたいと告げた。

「喜んで、体験させていただくわ」と彼の妻は言った。「で、どうすればいいのかしら?」

すると彼は、スマートフォンをズボンのポケットから取り出し、「これで自宅の固定電話に電話をかけるから、ちょっと出てみてくれるかい」と答えた。

「わかったわ」と言って、彼の妻は固定電話の前に立つ。

それを確認すると、彼はスマートフォンをいじって、妻が待ち構えている固定電話に電話をかける。
すぐに、固定電話が鳴った。
彼の妻は機敏に受話器をとる。

「もしもし、佐伯ですけど」
若妻は、老婆の声を真似て電話にでる。

「ああ、ばあちゃん。オレだけど、実は会社のお金を使い込んじゃってさぁ。それがバレないようにするために、穴埋めをするお金がほしいんだけど。見つかったら首になっちゃうから、100万円、大至急振り込んでくれる」
発明家の青年も、必死の演技をする。

すると、固定電話の横にセットされた嘘発見器のディスプレイが緑色に光り、そこに「振り込め詐欺の危険性があります。ご注意下さい」のメッセージが流れた。

「すごい!」彼が耳に当てるスマートホンから、妻の歓喜の声が聞こえてくる。「やったわね。アナタ」

「ありがとう。これまで支えてくれた、君のおかげだよ」
彼もスマートフォンを通して、妻に感謝を伝える。

「そう言ってもらうと、頑張った甲斐があったわ」妻は涙声で言う。「愛しているわ、ダーリン」

「ボ、ボクこそ、愛しているよ。ハ、ハニー」
彼が言い慣れない事をドギマギしながら返すと、再び嘘発見器のディスプレイが緑色に光った…。

英雄の悟り (下)

前へ

生還がありえないこの任務を引き受けた若者の名前は、植草零士という。
宇宙飛行士の訓練を終え、その免許を得たばかりの、26歳の若者である。

植草零士は、殺到する報道陣からインタビューを受けた時、「人類の未来を守るためなら、喜んで自分の命を捧げたい」と志願理由を語ったが、それは表向きのものであった。

実のところ、彼は死に場所を探していたのだ。

彼は、この件に関する第三回目の国際会議が開かれた直前、事故で両親を失った。
ようやく、念願であった宇宙飛行士の免許をとれたので、大事な一人息子の夢を叶えるために苦しい家計のやりくりをして支えてくれた両親に感謝の意を込めて彼がプレゼントしたツアーで、ふたりは事故に見舞われたのだ。

最愛の人の死が自分がプレゼントしたツアーが原因になったことに、彼は強い自責の念に苛まれた。

両親の葬儀を済ませた後、抜け殻のようになった彼は、ぼんやりとニュース番組を観ながら、どうやって死のうか思案していた。 
その時、第三回国際会議で議論されている、この話題を知ったのである。

彼の頭の中は、両親の突然死というどのニュースにも勝る出来事でいっぱいであったので、放射性廃棄物の不法投棄の任務を引き受ける宇宙飛行士を求めているというニュースが耳に入る余裕はなかった。

ようやく、このニュースが彼の耳に届いた時、彼はこれが自分にふさわしい死に方になると直感した。

自殺で罪を償おうと思ったが、頭に浮かぶどの案も、息子が宇宙飛行士になるまで育ててくれた両親の努力を水の泡にするものばかりであったのだ。
しかし宇宙飛行士として、この栄誉ある任務で果てるとなれば、両親の苦労も報われるに違いないと考えた。

彼は一夜にして、世界の英雄になった。
その賞賛の声が高まれば高まるほど、両親に返す恩も大きくなると彼は喜んだ。

彼自身も、宇宙飛行士になった甲斐があったと喜んだ。
好きな料理を腹がはちきれるくらい食べたくらいの満足感を得られた。

これで死ねるのなら、本望である。
これ以上、理想的な人生の終え方はないとすら思った。

そんな満足感に浸りながら、彼は暗黒の宇宙に向かって旅立った。

しかし一二週間もすると、満腹感が薄れるように、違う思いが空いた「こころ」の隙間に入りはじめた。

たったひとりで暗黒の宇宙を漂っていると、ああ、自分は本当に天涯孤独になってしまったんだ、と強い孤独感に襲われるようになったのだ。
それは気が狂わんばかりの、心細さであった。

日ごと弱気になってくると、頭に浮かぶのは、嫌な思い出ばかり。

次第に自己嫌悪が強まり、こんなに弱い自分がこのような重大な任務を果たせるのだろうかと不安になってきた。
すると、英雄になって死ぬのではなく、現実逃避の情けない男で死ぬのだという思いのほうが強くなってくる。

このようなマイナス思考が二週間以上続いている。
完全なうつ病だ。

死後の世界はおそらく、目の前に広がる宇宙のような恐ろしい闇の世界であろう。
つまり、生きながらにして、すでに死の世界のなかに自分はいるのだ。
それを思うと、死ぬのがとても怖くなってきた。

ダメな自分を消してしまいたいのに、死ぬのがとてつもなく恐ろしいというジレンマを抱えた英雄は、これほど最悪な人生の終え方はないと悟った。

英雄の悟り (上)

2100年。
人類は、放射性廃棄物の処分に頭を悩ませていた。

大量生産・大量消費を馬力に経済成長を図ろうとする方針は転換するどころか、ますます拍車がかかり、とてもではなが、微々たる電力しか生み出さぬ自然エネルギーでは賄えるものではなくなった。
その結局、いつしか、原子力発電に頼るエネルギー政策に逆戻りしてしまったのである。

加えて、国際競争が激化し、それに比例するように軍拡競争も激しくなった。
それはすなわち、核兵器の保有数を競い合うということでもある。

そのような馬鹿げた競争を繰り広げた結果、放射性廃棄物の量は、もはや地層処分できる許容量をはるかに超えてしまったというわけだ。

そこで、国際会議で出した解決策は、地球から遠く離れたどこかの星に、それを廃棄してくるというものであった。

飾らずに言えば、廃棄物の不法投棄である。
それが問われないのは、未だ地球人のほかに異星人が確認されないからだ。
つまり、地球人がそれでヨシと結論をだせば、誰もその罪を問うことができないというわけだ。

問題になったのは、不法投棄よりも、この任務を誰がやるかということだった。

誰もこの任務を引き受けたがらないのは、これが生還が保証されていないものであるからだ。
いや、犠牲を覚悟する勇気がなければ、とても引き受けられない任務である。

なぜなら、放射性廃棄物を運ぶ宇宙船には、片道分の燃料しか積まない方針が公表されたからだ。

その理由は、ふたつある。

ひとつは、化石燃料が枯渇の危機にあるので、帰還するまでの燃料を用意する余裕がないこと。

そしてもうひとつの理由は、限られたスペースの宇宙船のなかに、できるだけ多くの放射性廃棄物を積載するには、燃料タンクのスペースを最小限にせねばならぬからだ。

そのためには、宇宙飛行士の乗るスペースも最小限にせざるを得ず、最終的には乗船するのは一人だけという結論が下された。

乗組員を一人に抑えたことには、犠牲者も最低限度に抑えるのが妥当であるとの理屈もあった。
それで人類が救われるのなら、そのくらいの犠牲を払うのも致し方がないという正当論だ。

このような内容では、進んで手をあげる者がでなくて当然である。

そこで再度開かれた国際会議では、この任務を引き受けた人物には、人類最高の栄誉である勲章を与えると話がまとまった。
加えて、残された家族には、一生働かなくても暮らせるほどの保障を払うと約束された。

しかしこれほど魅力的な条件を提示しても、誰も名乗り出るものはいなかった。

その件について開かれた三回目の国際会議で、さらに保障額を上乗せするかどうか審議を進めていた時、ついに、ひとりの若者が手をあげた。

国際会議の最中に、その情報が飛び込んできた時、集まった議員らは大喝采した。

なぜなら、その若者には家族がいなかったからだ。
つまり、その宇宙船に乗り込む宇宙飛行士が天涯孤独の身ならば、家族に払う保障金が不要になるからである。

次へ

空耳であってくれ!

皆さんは、朝のニュースはどのテレビ局のを観ていらっしゃいますか?

ちなみに私は、まじめなナイスミドルが観るにふさわしい(自分で言うな!)番組「NHKニュース おはよう日本」です。

それを朝飯を食べながら観るわけです。
そして朝食を食べ終わると、出勤までのわずかな時間、仮眠をしながらニュースを聴くわけですなぁ(ブログの記事を早朝に書くので眠いのであります)。

で、今日(7/9)、その番組内でやっているスポーツニュースのときに、「空耳であってほしい」放送事故が起こりました。

スポーツニュース担当の西堀 裕美アナ(巨乳で有名です。どこがまじめなナイスミドルじゃい!)が、プロ野球の記事を読んでいるときでした。

な、なんと、どこかのチームの外人選手がヒットを打って、「股間をゆらして」走塁したと言った…ような気がするのです。

その時は寝ぼけて聴いていたので、ああ、外人だから股間がデカイわけね、みたいに聞き流していましたが、しばらくしてそれが爆弾発言だと気がつき、えっ、天下のNHKで、そんなこと言っていいの! と飛び起きたわけであります。

しかし、家族の誰もそのことに触れません。

今とんでもないことを言ったよね、と訊きたいところでしたが、朝からそんな下ネタを話題にするわけにもいかず、悶々とした気持ちのまま出勤しました。

おそらく、「巨漢をゆらして」を「股間をゆらして」に言い間違えたのだと思いますが、もしそれがワタクシの空耳でなかったのなら、スゴイ失言です。

東芝レグザのタイムシフトマシンで丸ごと録画をしている方がいらっしゃれば、それがボクの聞き間違いであったかどうか、確認していただければ幸いです。

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アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

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