何だったのでしょうか

不思議な出来事がありました。
これは本当の話です。
ショートショートではありません。

こないだの日曜日のことでした。
午後を少しまわった頃のことです。

目が疲れたので、目薬をさそうと、いつも目薬が置いてある場所に行ったのです。
ところがありません。
どこをどう探しても、見つかりませんでした。

前回使ったときに、無意識のうちにどこかへ持って行ってしまったのかと思い、見当をつけて探し回りました。
しかしどこにもないのです。

家の者にも訊いてみました。
しかし誰も知らないとのこと。

僕専用の目薬で、これまで誰もそれを使ったことはないので、やはり紛失の原因は自分にあるに違いありません。

仕方がない。新しいのを買うかと思いながらも、気持ちが悪いので、執念深く探し回りました。

そんなことをしているうちに、夕方になってしまいました。
休みの日は午後4時半に風呂に入っているので、シャワーを浴びにに行きました。

それからまた目薬のあった部屋にもどりました。
すると、目薬をおいてある定位置に、な、なんと、目薬があるではないですか!

気味が悪くなって、僕が風呂にはいってるスキに、薬を返したのかと家族に尋ねました。

しかしみんな首を横に振ります。

じゃぁ、いったい誰が…。
その夜、その部屋で寝ることの、怖かったこと。

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福祉な町

我が国は、実に4人に1人が65歳の高齢者という超高齢化社会である。
わが町は2人に1人が65歳の高齢者なので、さらにその上をゆく超超高齢化社会だ。

若者がわが町を去っていく理由はもちろん、いい勤め口がないから。
若者が住まなくなれば、教育も商業も廃れ、ますます若者たちにとって魅力的な町でなくなる。
かくしてわが町はシルバータウンになってしまったのである。

これまでわが町は、いかにして若者離れを食い止めるかばかにり腐心していた。
しかし町長がかわって、180度方向転換した。

新しい町長は、大都会の大学の教授を退官して、故郷であるこの町に帰ってきたという経歴の持ち主だ。

ま、これは余談だが、これまで無投票で長らく町長の座についていた源兵衛じいさんは、この強敵の出現で、木っ端微塵に敗北し、逆に村を捨てて、この新町長のいた大都会で暮らす息子のもとに行ってしまった。
まさしく入れ替わりになってしまったのだ。

ともかくも、それくらい町の再生にかける町民の想いが強く、このような政変が起きたというわけだ。

ところが新町長は、我々が期待した若者離れの政策には力を入れぬという。
そんなものに税金をつぎ込むのは、ドブに金を捨てるようなものであるとまで言い放った。

それよりも大切なのは、高齢者が住みやすい町を設計することだと言う。
そこに選択と集中することで、高齢者にとって魅力的な町になり、移住者が増えると見込んだのだ。

それはわしらにとって、コロンブスの卵であった。
さすがは大学の教授まで勤めた人とは違う。

それに比べ源兵衛さんときたら、若者離れを食い止めるために、カラオケボックスやディスコを作る程度のアイデアしか出せなかった。
新町長との選挙戦では、歌声喫茶で勝負しようとしたのだから、勝ち目があるわけがない。
確かに、こんな愚策に税金を使っていたら、わが町は破綻街道まっしぐらであった。

新町長は行動も早かった。
足の悪い老人が動きやすいように、公共の設備をつくりかえた。

例えば、公民館の階段である。
これをスロープにつくりかえることで、車椅子の老人でもその施設に入りやすくしたのだ。

車椅子生活を送るワシもさっそく、その恩恵を預かる機会を得た。
公民会で老人会が開かれたとき、そのスロープをつかうことになったのだ。
階段を登れぬばかりに、これまで老人会の参加を諦めていたワシは、手を合わせて新市長に感謝した。

スロープの前まで車椅子を押してきたばあさんは言った。
「それじゃ、いきますよ。おじいさん」

「ああ、よろしく頼むよ」
ワシはハンドルを握るばあさんを見あげる。

「う〜ん」と、力むばあさんの声。
車椅子はスロープの中程まであがる。
しかしそこから先はいかず、逆に後退する。

「どうしたい?」

「ダメだわ」と、息を枯らすばあさんの声。「スロープに変えても、高齢者には無理だわ」

そこへ運良く、この町では天然記念物のような、十代のにいちゃんが歩いてきた。

「お〜い」と、ワシはにいちゃんを呼びとめる。「車椅子を押すのを手伝ってくれんかの」

にいちゃんはワシのほうを一瞥した。
しかし「関係ねえし」と吐き捨て、通りすぎてしまった。

町長さん。
高齢者に優しいまちづくりは、箱物だけじゃダメじゃ。
福祉の心を育てる教育にも力を入れてくれんと。

どんな野菜

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だんだん日が短くなって家に帰る頃となれば、もう夜の闇につつまれはじめます。
気温も急にさがり、上に羽織るものが欲しくなるほど。

蝉の声と入れ替わるように、コオロギの鳴く声が聞こえてきます。

今はもう秋、誰もいない海〜♪
という歌がありましたが、秋ってホント、物悲しいですね。

過ごしやすくなったのはいいですが、日暮れが早いのは寂しい。

でも、美しい月を眺めながら帰るのもオツなものだと思えば、景色がかわって見えます。
秋の夜長に、読書をするのもいいですしね。
何事も受けとめ次第です。

おでんでもつまみながら晩酌をゆっくり楽しんだ後、芸術の秋も堪能する。
といいつつ、知らぬ間にうたた寝。

秋の夜長をほとんど睡眠で費やす。
秋も夏もかわりませんな。

必死の抵抗

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傷心ドライブ

柔らかい日差しに、柔らかい木々の色。
その木々の間をぬって、細い山道をぐんぐんあがっていく。

目指すは、この山の頂上近くにある人気のない小さな湖。
アキとアタシは無言のまま、そこに向かう。

楽しいドライブでないのは、アキもアタシも彼氏にふられたからだ。
その傷心を癒やすために、ドライブに出かけようという話になったのである。

目的地の湖につくと、アキとアタシは車を降りた。
湖には、誰もいない。
澄んだ湖面に、森の緑が映っているだけ。
時々、野鳥の鳴く声がする。

つられてアタシたちも泣き始めた。

「コウジのバカヤロー!」
アタシはそう叫ぶと、湖にコウジからもらった指輪をなげた。
静かな湖に、ポチャンと指輪が落ちる音がした。

「何を捨てたの?」
アキは鼻水をすすりながら訊く。

「コウジからもらった指輪」アタシも鼻水をすすりながら答える。それからポケットからティッシュをとりだし、思いっきり音をたてて鼻をかむ。「アンタも捨てちゃいなさいよ。すっきりするわよ」

「そうね」アキは頷く。
「アタシも捨てちゃお」と言って、エイッとポケットから取りだしたものを投げた。

「これで用は済んだわ。帰りましょ」
清々しい気分になって、アタシは湖から背をむける。

すると、「ヤダー、どうしよう!」と、うろたえるアキの声が聞こえてきた。

「どうしたのよ?」
アタシは振り返る。

「ユウキからもらったキーホルダーを捨てたんだけどさ。それに車のキーがついていたの…」
青ざめた表情のアキ。

「な、なんですって。どうやって帰るのよ!」
アタシが絶叫すると、驚いたように逃げる山鳥の羽音が響いた。

イントク男子(下)

前へ

恐怖に怯えながら薄目をあけるアタシの視界にはいってきたのは、ヤツだった。

まず、アタシの足元にころがったミカンを拾いあげようとするヤツの指先が見えた。

ひ〜っ!
アタシは反射的に、足を後ろにひっこめる。

しかしヤツはミカンを拾うと、アタシを一瞥すらせず踵を返す。

何事も起きなかったことにホッすると同時に、肩透かしをくらったような気分になる。
アタシは顔をあげ、ヤツの背中を追う。

すると、ヤツは拾ったミカンを全盲の中年男性に渡した。

「どうもすみません」
礼を言う中年男性の声が聞こえる。

「いえ、どうってことありません」
初めて聞くヤツの声。

予想外に爽やかな声であることに驚く。
目を閉じて聞いていれば、好青年としか思えない。

中年男性もそう受け取ったようで、ヤツにいろいろと話しかけている。
ヤツは面倒臭がらずに、その会話を受けている。

その会話からわかったのは、ヤツの父親も全盲だということだ。
仕事は、針師をしているらしい。

父子家庭なので、生活が苦しいようだ。
だから学校に内緒で、知り合いの店を手伝っているらしい。
それがバレると困るので、バイト先から離れた中学に移ったとも。

そのために、毎日この電車を利用してると話した。

アタシの一歳しかトシが違わないのに、ずいぶん大人なんだなぁ、と思った。
また、偏見をもっていた自分を恥じた。

次の駅で降りるという全盲の中年男性が席をたつと、ヤツはその人の手をとって誘導した。
そして中年男性が駅の階段を登るまで心配そうに見守っていた。

その偽善的ではない姿勢に、本当のボランティア精神を見た気がした。

〈終わり〉

イントク男子(上)

それはアタシがイトコの家に遊びにいった帰りの電車での出来事だった。
お昼間近の田舎のがら空きの車両に、とんでもないヤツが乗ってきたのだ。

それはアタシの通う中学で、あまりよい評判のたっていない男子だった。

そいつはいま中3。
アタシよりひとつ上の男子だ。

そいつは中2のときに転校してきたのだが、噂によると、手のつけられない不良で、その地に住めなくなるような問題を起こして、ウチの学校にきたらしい。

暴力団とつきあいがあるという噂や、クスリを売っているという噂もある。
お父さんも普通の仕事についていないらしい。
みんなビビりまくって、誰も口をきこうとしない。

だからヤツは、いつもひとりぼっちだ。
どんな声をしているのか、それすらアタシにはわからない。
わかりたくもない。とにかくかかわりたくない。

そんなヤツと、同じ車両に乗りあわせてしまったのである。
しかもヤツとアタシのふたりきり。
それもこんなに空いているのに、ヤツはアタシの真向かいのロングシートに座った。

ヤツはアタシのことを知っているだろうか。
もし知っていたら、クスリを売りつけられるか、アタシが売られるはめになるかもしれない。

どうか、気づかないでほしい。
アタシは顔を伏せ、寝たふりをすることに決めた。

すると、有り難いことに、次の駅で中年の男性が乗車した。
アタシの恐怖心は少し和らいだ。
大人の男性がいれば、ヤツも下手なことはできないだろうし、何かあったら助けてもらえる。

アタシは薄目をあけて、ヤツの隣りに座った男性を見た。

その時その男性が健常者ではないことを知った。

こちらに顔をむける男性の目は、白目をむいている。
傘だと思っていたのは、杖であった。

目が見えなければ、アタシが怖い目にあっても気づかないかもしれないし、助けを求めても力にはならないだろう。
アタシは、再び奈落の底へ落ちていく、暗澹たる気持ちになった。

こうなったら、次の駅で止まって、扉が開いたと同時に逃げるしかない。
それまでは息を潜めて、寝たふり作戦続行だ。
アタシはさらに首を深く曲げて、ヤツと視線を合わせないようにする。

すると、アタシの足元に、何やら転がってきた。
薄目を開けてみると、ミカンであった。

誰が落としたのか?
ヤツか、それとも中年男性か。

もしかしたらヤツはわざとミカンを転がして、アタシに近づこうと企んでいるのかもしれない。
アタシの身体は、恐怖でブルブル震えだした。

〈続く〉


退屈な祝日

今日は祝日でしたが、日直で出勤しておりました。

といっても、たいしてやることはありません。

秋晴れの行楽日和に、ぼけ〜っと会社の前を行き過ぎる車を眺めて過ごすだけの一日でしたが、それはそれなりに疲れました。

せめて楽しいこともなければと、セブン-イレブンで大量の菓子パンを買って食べましたが、動かないので胃がもたれること。
夕食はあまり食欲がわきませんでした。
といいつつ、ポークソテーとほうとうを平らげたのですが…。

明日は忙しいので、早く寝ようと思います。

悪路の王者

ついに念願のランドクルーザー70を手に入れた。
トヨタが、期間限定で販売したものである。

外見は、ほぼ昔のままの無骨なデザインだ。
絶版になったクルマを蘇らせるというと、外観の印象は残しながらもまるっきり現代風につくりかえるのが普通である。

しかし、リバイバルされたランクル70は、2004年に販売終了になった当時のものと比べ、いくらも進化していないのだ。
こういう例は、皆無といってよい。

というのも、このランクル70は、海外では意匠をかえてまだ販売されているからだ。
今回、販売を再開されたランクル70は、この海外版ということになる。

ボクは、昔からランクル70に憧れていた。
ランクルには、今日本で販売されている200系やプラドがあるが、本流は70系であるからだ。

70系は、道路も舗装されていないような悪路や、外気温が厳しい環境下においても、きちんと走れるようにつくられており、その堅牢さと信頼性においては他の追随を許さない。
従って、それは新興国や資源国などで、なくてはならない道具として重宝されているのだ。

そんな世界に誇るランクル70は、日本の宝である。
タフなハードボイルドの雰囲気もあり、ボクはずっとそれを所有していたいと思っていた。

それが今回、一年の期間限定で発売されることになったのである。
今を逃したら、新車で所有できるチャンスはない。

しかし妻はなかなか承諾してくれなかった。

何しろ、何もつけない状態で360万円もするのである。
家計が楽ではない若夫婦がもてる代物ではない。

それにこんな大きなクルマを運転したくないし、私には似合わないと妻は言うのだ。

その気持はわかるが、ボクは諦めきれなかった。

小遣いはいらない。
昼飯はパンでいい。
お酒も断つ。
次々と、引き換えとなる犠牲をあげて、ようやく妻を説得したのだ。

で、3日前に納車になり、休日の今日、待ちに待った慣らし運転をかねたドライブということになったわけである。

天気は、ドライブ日和の秋晴れだ。
朝食を食べ終えると、ボクは妻をドライブに誘った。

妻はまだこの買物に不快感をもっているようだったが、実際に走らせてみることでこの車の良さを知ってもらおうとボクは企んでいた。

「ダサい内装ね。いまどきのクルマじゃないわ」
妻は助手席に乗り込むなり、嫌味を言った。

さらに走り始めると、やれうるさいだの、乗り心地が悪いだの、憧れのクルマを駆る喜びを薄めさせるようなことばかりを言う。

いまに見てろよ。このクルマの真価をみせてやる!
ボクはムキになって、道もないような山奥に入っていく。

そのうち浅い川が目の前に現れた。
これぞ、ランクルの本領が発揮できる場所だ。

妻の制止もきかず、ボクはズンズン川の中に入っていった。

そして渡り終えると、ボクは勝ち誇ったように言った。
「どうだ、ランクルなら地球の果てまで走っていけるんだぞ」

「そのようね、確かにタフな車だわ」妻はようやくこのクルマの実力を認めた。しかし心配そうに、インストルメンタルパネルを覗きこんだ。「でも、もうじきガス欠じゃない。ガソリンスタンドもないような、こんなところに来てしまって、大丈夫なの?」

「えっ…」
クルマの運転に夢中になっていたボクは、そのことを忘れていた。
満タンにして出発したのだが、このクルマはリッター6.6キロしか走らない。
ガソリンを垂れ流して走っているようなものだ。

いくらタフなクルマでも、こんなに燃費が悪ければ、現代の燃費の優れたクルマより遠くへ行くことはできない。

「だから普通のコンパクトカーがいいって言ったのよ」
妻の文句がまた再開した。

ボクには返す言葉がなかった。

会長の無念

「車をかえるぞ」
会長はレクサスの最高級車、LSの後部座席に乗り込むなり言った。

このクルマを会長専用の社用車として使って6年が経つ。
まだどこもヘタってはいないが、そろそろ買い替えの時期だと思ったのかもしれない。
レクサスLSもビッグマイナーチェンジをして、これも型が古くなった。

「次もLSですか?」
運転手を務める私は会長に尋ねる。

「馬鹿を言え。会社が苦しいときにそんなものに乗っていられるか」
会長は、90歳とは思えぬ、力強い声で怒鳴った。

「では、何を?」
私は恭しく尋ねる。

「スズキから出している…」会長は運転席のヘッドレストを叩きながら苦しい声をあげる。「ソナタだか、ソプラノだか、バスだか、テノールだか、ほらそんな感じなのあっただろ」

「ああ、アルトですか」
私の妻がのっている車なので、すぐわかった。

「そう、それ」会長は手を叩いて言う。「その一番安いのでいい」

「えっ、本当にそんなのでいいのですか?」
アルトは国産車のなかでも一番安い軽だ。
とても従業員を300人を雇う会社の会長の乗るような車ではない。

しかし会長は「いいんだ、それで」と言い切る。

その理由を尋ねると、こう答えた。
「従業員には、乾いた雑巾を絞るようなコストダウンを求めているのに、トップがこんな贅沢な車に乗っていたら示しがつかん。全社をあげてコストダウンに取り組まなければならない緊急事態だ。本気の姿勢を示すためにも、一番安い車に乗り換える必要があるのだ」

「でも…」と私が言ったが、「体重が50キロそこそこの老人を運ぶのに、4600ccのエンジンなど必要はない。人力車でも、いいくらいだ」と会長は頑として譲らなかった。

「わかりました」私は会長の経営者魂に感服した。「さっそくアルトを注文して、納車され次第、それでお迎えにあがりましょう」

しかし納車されたその日、会長に本当のお迎えが来てしまった。

会長はアルトに乗る姿を従業員にみせる代わりに、最上級のリムジンの霊柩車に乗って従業員に見送られた。

新婦の誓い

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約束の地

オレは、柱ひとつ残っていない更地に立つ。

昔ここには、映画館があった。
その映画館に、高校にはいって初めて彼女をもてたオレは、何度もデートの場として使わせてもらった。

オレは、その子のことを本気で愛していた。
結婚したいと思っていた。

しかしオヤジがそれを許さなかった。

オレのオヤジは、地元でも有名な事業家であった。
それと正反対に、彼女の父親は事業に失敗し、大きな借金を背負っていた。

成り上がり者らしく、大変な見栄っ張りであったオヤジは、オレがそんな家の娘とつきあうことに嫌悪感を抱いていた。
お前には、オレの築きあげた会社の跡取りにふさわしい女性と世帯をもってもらわなければ困るのだと、きつく説教された。

それでも諦めきれずにいると、オヤジはいろんなコネをつかって強引に彼女との仲を引き離しにかかった。
彼女が、どういう目にあったのかはよく知らない。
芯の強い彼女は、一言もオヤジのした仕打ちについて語らなかったからだ。

しかし彼女の心は、確実に傷ついていた。
オレは、日に日に陰りを増していく彼女の姿を見ていられなかった。

彼女に別れを告げたのは、この映画館で恋愛映画を観た後だった。

しかしオレは彼女の手を握り、力強くこう言った。
「お前が25の誕生日をむかえたその日、この映画館にきてくれ。それまでにオレは一人前の男になってみせる。オヤジに負けないような男に。そしたら、お前と結婚できるだろ。それまで待っていてほしい」

それ以来、彼女とは会っていない。
彼女は、父親の仕事の都合でこの地を離れてしまった。

オヤジにオレらの約束を知られてはマズイから、彼女には連絡をよこすなと話していた。
オレからも、連絡をとろうとしなかった。
彼女の消息すら、探ろうともしなかった。

成功するまでは大好き酒を断つ人がいるように、オレは彼女の25の誕生日がくるまで大好きな彼女と合わないことを決めたのだ。
そうすることでガムシャラに頑張れ、より早く一人前の男になれるような気がして…。

そして今日が、彼女の25歳の誕生日だ。

その間いろいろあった。
オヤジは去年亡くなった。

今はオレが、社長の座についている。
もう、彼女との結婚をとやかく言われることもない。
オレは社長としてはまだまだ未熟だが、なんとか事業を発展させている。
一応は、一人前の男になれたと胸をはれよう。

しかし彼女は来ない。
もう夜11時を回っている。

もしや彼女は、もう別な男と結婚してしまったのか。
それとも、ここが更地になったのを見て、もう約束の地がなくなってしまったのと思ったのか。

オレは更地の土を一握りとると、自分はとんでもないことをしてしまったと、それをきつく握った。

近くにシネマコンプレックスができた影響で、つぶれた映画館の土地を買い、更地にしたのはオレだからである。

しかしオレは、ここに彼女との新居をつくるつもりでいる。
そのことを彼女の25歳の誕生日プレゼントにしようと思っているのだ…。

正義の味方

ボクは先生に失望した。

弱者の立場にたってものを考えることの重要さを説く先生が、今回クラスでおきたいじめで、いじめっ子の肩をもつようなことを言いはじめたからだ。

いじめっ子の名前は、カネダツヨシという。
いじめられっ子のほうは、コヤマヨシオという名前だ。

ツヨシはうちの小学校の五年生のなかで、もっとも体が大きい。
スポーツも得意で、腕相撲では誰もかなうものはいない。
きっと、小学六年生のなかでもツヨシに勝てるものはいないだろう。

そんなヤツがクラスでいちばんチビのヨシオをつきとばしたのだ。
ヨシオは尻もちをついたときに、おしりのポケットにいれていたゲーム機を壊してしまったのだ。
そのゲーム機は昨日の誕生日に買ってもらったものだったそうで、ヨシオは教室の外まで聞こえるような声で泣きわめいた。

それで大騒ぎになって先生が仲裁に入ると、ツヨシはお相子だという。
聞けば、ヨシオはツヨシがなくしてさがしていたものを川に捨てたそうだ。
それをツヨシの子分に目撃され、ツヨシの耳にはいったらしい。

しかしヨシオが捨てたものは、ちっちゃなクマのぬいぐるみのついたキーホルダーだ。
それも汚れていて、とても新品のゲーム機とつり合うものではない。
それをお相子だなんて言いはるのは、どう考えてもおかしいと思った。

それにツヨシの家は金持ちだ。
いくらでもそんな安っぽいぬいぐるみを買えるだろう。
なのに、どうしてそんなものにこだわるのか。

先生はまずヨシオを別室につれていき話を聞いた後、ツヨシを別室に呼んだ。
そして別室からもどってきたら、ツヨシに同情することを言いはじめたのである。
きっと、ツヨシのおとうさんが、この小学校のPTA会長をつとめているから、ツヨシの味方をしているに違いないと僕らは思った。

先生らしくないと思って、僕らはみんなで勇気をふるって、猛抗議をした。
すると、先生はツヨシも悪いが、その事情もきいてやってほしいと言った。

「ツヨシ、あのぬいぐるみがなんであんなに大切だったんだ?」
先生はツヨシの背中にやさしく手をそえてきいた。

「誕生日にもらったものだからです」
ツヨシは、唇をかんで答えた。
鼻水をすする音が聞こえ、必死に涙をこらえているようだ。

「そうか」先生はなだめるようにツヨシの背中をさすりながら質問をつづける。「で、そのぬいぐるみは誰からもらったんだ」

「妹です」
うつむくツヨシの目から、涙がこぼれた。
はじめてみるツヨシの泣き顔に、僕らは声をうしなう。

「で、その妹はいまどこにいるんだ」

「天国です」
ツヨシは袖で涙をふきながら答えた。

僕らは、ツヨシのうしなったぬいぐるみが、最新のゲーム機をうわまわる価値があることを知った。

先生は、静まりかえる僕らに語りかけた。
「いいか、弱者の立場にたたなければならない理由は、弱者の味方ばかりをするからじゃないぞ。強者にくらべ、弱者が言いたいことを言えない立場にあるからなんだ。だから弱者の声をよく聞いて、ただしい情報をひきださなければならない。でないと、公平な審判ができないからな。わかったか」

僕らがうなずくと、先生は教壇にヨシオを呼んで、ツヨシと握手させた。

「ごめんよ」
ツヨシは涙声であやまる。

「ボクこそ、ゴメン」
ヨシオは頭をさげ、ゲーム機のはいっていたおしりのポケットからハンカチをだして、ツヨシにわたした。

旅の夜

別の宿泊客の笑い声の合間に、近くを流れる川のせせらぎが聞こえてくる。
虫の音も、秋の風情を感じ癒される。

「旅行なんて何年ぶりかのう、ばあさん」
おじいさんは、となりの老妻に顔を向ける。

「末っ子の六平太と行ったとき以来ですから、もう20年ぶりぐらいじゃないですか、おじいさん」

「そうか」おじいさんは昔を懐かしむように声をのばして、思い出し笑いをする。「しかしあの時は大変じゃった。六平太のやつ、恋人にふられた傷心旅行をしよってのう」

「そうでした」おばあさんもくすりと笑う。「それで旅先で出会ったおなごにまた騙されて、スッカラカンになったんでしたっけ」

「そうそう、それで家へ帰る金がなくなったから、迎えに来てくれって電話で泣きついてきてなぁ」

「あんまり可哀想だから、慰めてやろうという話になり、おじいさんと迎えに行って、その先の旅館に泊まったんですよねぇ」

「その六平太が、わしらに旅行をプレゼントしてくれるとはなぁ」

「ほんと、有り難いことです」
おばあさんはそう言うと、手を合わせた。

それからしばらく会話が途切れ、再びおじいさんが口を開いた。
「しかし、やっぱり温泉はいいのう」

「そうですねぇ、湯船も広いし、疲れもとれますわ」

「食事もうまかった」
おじいさんは思い出したように舌を鳴らした。

「上げ膳据え膳で、久しぶりにゆっくり食事を楽しめましたわ」
おばあさんは、主婦の正直な気持ちを吐露する。

「ただ唯一難点をあげるとすれば」と、おじいさんは渋い声をあげはじめた。「枕がかわって、寝つけないことだ」

「隣のお客さんも、いつまでもうるさいですしねぇ」
酒でも飲んで騒いでいるのだろう。隣の部屋からは、衰えることをしらぬ笑い声が響いてくる。

「ばあさん、今何時だ」
早いうちに床についたのだが、いっこうに眠れる気配のないおじいさんは疲れたような声をあげる。

おばあさんは、枕元においた腕時計をみる。
「もう、12時30分ですよ」

「眠れそうにないのう」
ため息を漏らすおじいさん。

「そうですね。やっぱり家がいちばんですね」
おばあさんも、つられてため息を漏らした。

熟睡さえできれば、この旅は満点だったのにと残念に思う老夫婦であった。


困った歯科医

「ヤダー、ママ。歯医者さんなんかキライ」
息子の名前が呼ばれたので席を立とうとすると、息子は柱にしがみつき悪あがきをはじめた。
待合室にいる他の患者の笑い声が聞こえてきて、非常に恥ずかしい。

「ホラ、柱から手を離しなさい」
私は愛想笑いを浮かべながら、力づくで息子の小さな手を柱から離させる。
そして米俵をかつぐように息子を肩に乗せ、診察室にはいった。

「おやおや、どうしました」
私の肩の上で手足をバタバタさせている息子を見て、黒縁のメガネをかけた歯科医は驚いたように目を丸くする。

「歯医者に行くのをヤダがって、困っちゃいまして」
私は活きのよい鯉のように激しく動く息子をなんとか椅子にすわらせる。

「そうですか」白衣というより縞のスーツが似合いそうな歯科医は、端正な顔を和らげて息子に語りかけた。「怖がらなくても、大丈夫だよ」

「ホラ、先生もこういっているじゃない。ねっ、早く治して痛いのとバイバイしよう」
私はやさしく息子の頭をなでる。
激しく抵抗したせいだろう。髪の毛は汗でびっしょりだ。

「本当、痛いの治る?」
息子は涙目で私を見る。

「治るよ、そうですよねぇ」
私は歯科医に同意を求める。

歯科医は満面の笑みで答えた。
「個人差はありますが、98%の患者さんには満足していだだいております」

「個人差って、どういうことですか?」
どこかの通販の宣伝のような回答に驚き、私は尋ねる。

「ときには失敗もあるということです。私も人間ですので」

「個人差って、あなたの問題かい」

「でも、いま治療していただければ、通常は麻酔の注射を1本のところ、2本にさせていただきます」
歯科医は急かすように甲高い声でまくしたてた。

「え〜っ、本当ですか。なんて言うと思うか!」私は吐き捨てるように言うと、息子を診察台の椅子から抱きあげた。「もうけっこうです」

面倒な患者を追っ払うための歯科医の戦略だったのかもしれないが、もう二度とこの歯科医院を訪れることはあるまい。


いい人

「吉村クンって、イケメンだし、話も面白いし、さわやかなスポーツマンだし、とにかく最高よね」

「ホント、ホント。素敵よね。彼氏にするなら、ああいうタイプがいい」

ふたりの女子高生が、逆ナンで知り合った他校の男子高生の話題で盛りあがっている。

「でも、吉村クンと一緒にいたの、あれはどうでもいいわ」

「わたしも、印象薄すぎて名前も忘れちゃった」

「フツーのいい人だもの」

「そうそう、いてもいなくてもどうでもいい人」

逆ナンされた吉本という男子高生と一緒にいた友人はひどい言われようである。
彼も吉村と同じ高校に通う男子高生であり、ふたりともサッカー部に属しているという。

ふたりの女子高生はこれから、彼らが出場するサッカーの試合を応援しに行くのである。

試合場についた彼女らは、さっそく吉村の姿をみつけると黄色い声援を送った。
それに気がついた吉村は照れ笑いをうかべ手を振る。

「キャー、気づいた気づいた、頑張って!」
ふたりは大はしゃぎである。

吉村はチームメイトに冷やかされ、すっかりスター気取りである。
その輪の外で、ひとりの選手が彼女らに向けて律儀にお辞儀をした。

「あれ、誰だっけ」

「吉村クンと一緒にいたヤツじゃね」

かわいそうに、吉村と一緒にいた男子高生はまるで相手にされなかった。

しかし試合が始まると、ふたりの輝きは逆転した。
ふたりともフォワードであったが、精彩を欠く吉村に対して、いてもいなくてもいい人と軽く見られた男子高生は次々とシュートを決め、チームの勝利に大貢献したのだ。

「意外、いい人がいなければ、勝てなかったじゃん」
ふたりとも、すっかり見なおしたいい人に熱い視線を送る。

「それに対して吉村。見掛け倒しだったわ」とガッカリするふたり。「なんにも活躍しないんだもの。あれじゃ、いてもいなくてもいいわ」

敬老の日

今日は敬老の日ですので、それをテーマに4コマ漫画を描いてみました。
スミマセン、オヤジギャクで。

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人を思いやる経営を

マスコミからの取材の依頼をうけた、その男性社員は頭を抱えていた。
どうしても社長の日程の都合がつかず、土曜日に予定を入れるしかなかったからだ。

しかし社長は癇癪持ちである。
気に入らないことがあると、仁王様のように目をむいてカミナリを落とす。

男性社員はビクビクして、そのお願いをしに社長宅へと向かった。
そしてその用件を伝えると、案の定、社長はキッと睨んで怒鳴り声をあげた。
「オレだって、土曜日は行きたいところがあるし、やりたいことがあるんだ。土曜日ぐらい休ませろ。そんな依頼、絶対ダメ」

さて、みなさん、この社長の態度をどう思うでしょうか。
自己中心的で、仕事があまり好きではない、どうしようもない社長だと思われる方も多いかもしれません。

しかしその男性社員が気落ちして帰ろうとすると、玄関口で社長夫人が呼び止めました。
そしてこう言ったのです。
「主人、ああは言ったけど、土曜日はやることもなく、暇でウロウロしているのよ。お父さんがあなたの依頼を断った理由は、もしそれを受けたら、あなたや会社の人たちが、せっかくの土曜日を休めなくなっちゃうじゃない。だから、ああ言わざるを得なかったのよ」

それを聞いて男性社員は、この人のためなら何だってやってやろうと感動したそうです。

口は悪いが人の心に棲むことができるトップ。
そういうタイプなので、この社長は恐いけど、みんなからオヤジと慕われていました。

で、この社長は誰かと明かしますと、本田技研工業の創始者、本田宗一郎氏です。

今の世の中、利益重視で労働者の気持ちなんて考えず、過重労働を強要するブラック企業が増えています。
そういった企業が、人に優しく環境に優しい商品をつくれるはずはないし、それを唄っても偽善的にしか聞こえません。

国自体もブラック化していますが、企業も国も、もっと人の気持ちを思いやれる運営をしてもらいたいものです。

占い師の言い分

「おいババア、金返せ!」
私が街頭で占いをやっていると、鬼のような形相で肩を怒らせてきた青年が机をバンと叩いた。

私は仰天して青年の顔を目を丸くしてみる。
確か、3日前に占ってやった青年だ。

「なんですか、いきなり」
私は剣幕におされて、やっと声を絞り出す。

「なにが運命の人だ。告ったら、見事に撃沈したぞ」
青年の怒りで上気した顔に涙がにじみ始める。

私は占いの内容を思い出す。
この青年は同じ番組内にでている女性に片思いしていて、その人に告白したらうまくいくかどうか占ってほしいと相談にきたのだ。

私は朝のその番組をかかさず見ている。
ふたりとも同じ年格好であるし、なかなかお似合いの様子だったので、アタックすればうまくいくのではないかと思い、そう答えたのだ。

「いい加減な占いをしやがって」とそこまで言って、ついに青年は泣きだした。「オレは毎日彼女と顔を合わせなければならないんだぞ。こんな土砂降りの気持ちじゃ、もうやっていけない…」

「土砂降りって…」
私は困り果てて、天を仰ぐ。

すると、真っ黒く曇った空から大粒の雨が降ってきた。

「いけない、本降りになりそうだよ」
露天で商売をやっているので、私は慌てて店じまいを始める。

「おい、逃げるのか。このインチキ野郎」
青年は私の腕をつかむ。

「離しておくれよ」私は青年をきつく睨む。「占いは、当たることもあれば外れることもあるんだよ。それはお前さんのやっている仕事だって同じだろ」

「どういうことだ」

「だって、お前さん。今朝の番組で、今日は晴れだと言っていたじゃないか」私は天を指さして言う。「それが、どうだい。この様子じゃ、土砂降りになりそうだ。これじゃ、商売あがったりだ。科学的なデーターを集められる天気予報だって、外れることがあるんだ。私を責める前に、もっと的中率を高めておくれよ。気象予報士さん」

食わず嫌い

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眠れない子守唄

「良ちゃん、もうネンネしなさい」
帰宅の遅い夫の夕食を用意しているわたしの足に絡みついてくる3歳になる一人息子に言う。

「やだ、眠くないもん」
遊んでもらいたいのか、息子は駄々をこねる。

しかしもう午後10時に近い。
子供の起きている時間ではない。

「困った子ね」
わたしは息子を寝かしつけるために、調理を中断して手を拭く。

すると、遊びに来ている母が通りかかり、息子の頭をなでた。
「おや、まだ良ちゃん、起きているのかい」

「そうなの、困っちゃうわ」わたしはため息をもらす。「パパの夕ごはんつくらなくちゃいけないのに、寝かしつけなければならなくって」

「それじゃ、あたしが子守唄でも歌って、寝かしつけてやろうかね」
有り難い助け舟を母がだしてくれた。

「お願いするわ。母さん、子守唄上手だったものね」
わたしは手を合わせて、それに甘えることにした。

しかし、20分もすると、困った顔をした母が息子の手を引いて戻ってきた。

「どうしたの」と、わたしは尋ねる。

「どんなに子守唄を歌ってあげても、眠れないというのよ」
母は申し訳なさそうに言う。

「良ちゃん、なんで眠れないの」
わたしは息子にきつい声をあげる。

「だって、ババお口臭いんだもん」
息子は鼻を摘んで答えた。

「ショックやわぁ」母は嘆きの声をあげる。「今晩あたし眠れそうにないわ」

第八十九話 ローズを語る不審者

★初めての方はこちらから★

留守宅に見知らぬ者がいることにブラウンは動転して、再びその不審者に、「誰だお前は」と尋ねました。

すると、不審者はゆっくりと振り返りました。
不審者はメスのラマ星人でした。

第八十九話+のコピー_convert_20140802072102


しかし不審者というにはあまりに間抜けた顔なので、ブラウンもケンシロウも警戒心が解かれたように、ポカンと口を開けています。

「お父さん」
不審者は出っ歯の口を開けて言いました。

「お父さん?」ブラウンは、さらにあんぐりと大きく口を開きます。「ワタシにはローズという娘しかいないぞ。お前なんて知らん」

「知らないはずがないわよ、ワタシがローズなんだから」

「馬鹿を言うな!」ブラウンは大きな声を不審者にぶつけます。「ローズは、そんな…、言っては悪いが、そんなブサイクではない」

「そうだ!」ローズを名乗る不審者の馬鹿な発言に、ケンシロウも黙っていられなくなりました。「ローズさんは、そんなブスじゃないぞ!」

すると、不審者はニッコリと笑って言いました。
「そう言ってもらうと、うれしいわ。ケンシロウさん」

「な、なんでオレの名前を…」
ケンシロウは驚愕のあまり、開いた口が塞がりませんでした。

そよ風家とブラウン家、そしてケンシロウを監視しているギース以外、ケンシロウの名を知っている者がいないからです。
その上、ケンシロウは着ぐるみを着て、素顔を隠しているのです。
これを見て、ケンシロウだとわかるのは、そよ風とブラウン、そして…。

「だからワタシがローズだといっているでしょ」
不審者は前歯をニョキリとむき出しにして笑うと、後頭部に両手を回しました。

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★あらすじ★

寝ぼけた味覚

味覚とは何であろう。

夢のなかで、パックにつまった各種フルーツの砂糖煮を食べる夢をみた。
これがめっぽううまい。

しかし取引先から定期購入を求められるものなので、非常に弱っている。

ひとパック1000円もするというのである。
これを毎日購入するとなれば、ひと月で3万円前後になる。
1年で36万5千円だ。
5年も続ければ、小型車を買える出費になってしまう。

いくら美味でも、痛すぎる浪費だ。
しかし相手は、会社にとってとても大切なお得意様。

どうしたらいいんだ! 
うぉ〜!
と、うなされたところで目が覚めた。

良かった、夢だ…。
ホッとしてベッドから起きあがる。

枕元の時計をみると、午前4時前である。
起きる時間だ。

私は洗面所に向かう。

寝ぼけ眼で髭をそりながら思う。
夢なのに、なんであんなにリアルな味覚を感じられるのだろう、と。
梅干しを見ただけで、つばが出てくるように、映像で記憶にある味覚が呼び覚まされ、そういうことになるのだろうかと理論づけてみる。

しかし寝足りない。
目蓋が重くて、意識が朦朧としている。
そういう状況のなかで、朝の一連の作業を進める。

最後に歯磨きだ。
私は機械的に歯磨きのチューブをとると、それを歯ブラシにつける。
そして口に入れる。

しばらくゴシゴシ磨いていると、違和感が生じてきた。
夢でたらふくフルーツを食べたから、口の中がおかしくなっているのだろうか。
首を傾げながら、さらに磨き続ける。
次第に、違和感がひどくなる。

まさか…。
私は使ったチューブに目をやる。
やっぱりチューブにはいった洗顔料だった。
同色同型なので、間違えてしまったのだ。

私の寝ぼけた味覚は、一気に覚めた。

お互い様だよ

「あれ、おばちゃん。券売機置いたんだ」
久しぶりに、むかし営業で担当していたラーメン屋に寄ったら、入り口のところに真新しい券売機が置いてあった。

「あら、広瀬さん久しぶり」タヌキ顔に妙にマッチしたショートヘアで出迎えるおばちゃんは昔のままだ。「不景気でね。人を雇う余裕がなくなって、そのかわりに券売機を入れたんだよ。申し訳ないけど、お盆の上げ下げもセルフサービスにさせてもらったよ」

前は、バイトで若い女の子を使っていた。
けっこう可愛い子で、それを目当てにきている客も多いようだった。
その子のいない店は、祭りの終わった神社のようだった。

「でもそのかわり、値段はあげてないよ」と、おばちゃんは言った。

「ほんとだ」
ここに来たらいつも食べるスタミナラーメンの値段は、750円。
消費増税分をひけば、最後に食べた3年前と変わりない。

「物価もあがっているのに、よくやっているね」
オレは、おばちゃんの心意気に感心する。

「まあね、なんとか」
おばちゃんは首をすくめて苦笑いする。

「じゃ、スタミナラーメン頼むよ」
オレはそう伝え、財布から1000円札をぬいて、券売機に入れる。

「あれ?」
オレは釣り銭口を見て首を傾げる。

お釣りの250円がいつまでたっても出てこないのだ。
機械が故障しているのか?

オレは、おばちゃんを呼ぶ。
しかしおばちゃんは、機械は故障していないと言う。

「じゃ、250円は?」
オレは感情を抑えきれず、不機嫌さを滲ませた表情で訊く。

するとおばちゃんは、木で鼻をくくったような口調で答えた。
「手数料だよ。あんたたち銀行屋さんだって、ATMをつかって同じようなことをやっているじゃないか。文句を言えた義理じゃないね」

聖人君子のストレス発散法

「本当、先輩かわらないんですね」
我が家に一泊した、同じ会社で働く後輩が言った。

「何が?」
私は朝食後に妻が淹れてくれたコーヒーをすすりながら訊く。

「いや、会社にいる時と同じで、ご自宅でも穏やかだなぁと思いまして」

「そうかぁ」
確かに、私は会社でも家庭でも声を荒らげたことはない。
誰もと同じく、ストレスのたまることもあるのだが…。

「先輩はキレることないんですか?」

「まぁ、腹の立つことはあるけど…」

「そうなんですか、ホッとしました」
後輩は私を聖人君子とでも思っていたのだろうか?
彼は針金が入ったように伸ばした背筋をゆるめて、微笑みを浮かべた。

「でも、怒りを表にあらわさないですよね」

「まあな」

「よくそれで、やっていられますね」後輩はゆるんだ背筋を私にむけて倒す。「どうやってストレスを発散しているんですか?」

「そうだなぁ…」
私は特別なストレス発散法をもっていない。
一人になったとき毒を吐くこともないし、趣味でストレスを解消することもない。
自分でも何でストレスがたまらないのだろうと思い、返答に困る。

しばらく考えていると、これがストレス発散のはけ口になっているのではないかと思うものに行き当たった。

「夢かなぁ」と私は答えた。

「夢?」
後輩はさらに身を乗り出す。

「うん」私は頷いて答える。「眠りが浅いせいか、毎晩夢をみるんだよ。その夢のなかでね、オレはまるで別人になったようにキレるんだ。夢から醒めると、ヘトヘトになるぐらいにね。それでスッキリしちゃうのかなぁ。現実の世界では、夢のなか以上に理不尽なことがないしさ」

重症だ

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夫婦円満の秘訣

「お〜い、踊るいわし御殿はじまるぞ」
リビングのソファーに座って、オレは台所で洗い物をしてる妻を呼ぶ。

「は〜い」
妻は小走りでリビングに入ってくると、オレの隣に座る。

「何だか、緊張してきたな」
オレは自分の出演番組を観る以上に心拍数があがる。

「私もドキドキするわ」
隣で妻が生唾をごくりと飲み込む音がする。

妻は、当番組の「芸人の妻大集合SP」に出演したのだ。
妻がテレビに顔を晒すのは、今回が初めてである。
売れない芸人であったオレが、ようやく人気に火がつき、その勢いで妻にオファーがかかったのだ。
制作者側の意図としては、下積みの長かった芸人を支えた妻の苦労話を聞き出したかったのかもしれない。

「お前、ちゃんと面白いこと言ったんだろうな」
オレは急に心配になってきた。

妻はオレにはもったいないくらいの、しんの強い、夫を立ててくれる素晴らしい女性だ。
しかしそれだけに、面白みに欠けるところがある。
妻はいわゆる聞き上手で、オレのどんなギャグにも笑ってくれ、それが不遇時代の支えになったが、自分からは面白いことは何も言わない。

「お前がスベると、オレの株も下がるんだぞ」
せっかく上昇気流にのったのだ。
それを損ねるつまらないトークをすれば、オレは実生活では何の面白みもない人間に思われてしまう。

「一応、踊る!ヒット賞に選ばれたんだけど…」
妻は自信のないような表情を浮かべながらも、そう答える。

「そうか。それならば、そんなにひどくはないな」
オレは一安心する。

しかし、番組のなかで、妻はほとんど登場する場面がなかった。
他の出演者の話を聞いて笑顔を浮かべる映像がたまに入るくらいだ。
一二度、司会のいわし師匠にふられたシーンがあったが、良妻賢母的なありきたりのことしか言わない。

そんな調子なので、「売れない芸人の妻で苦労したこと」という、まさに妻のために設けられたテーマの時にも、まったく出番がなかった。

「お前、ほとんどカットされているじゃないか」
オレは落胆の声をもらした。

それに比べて、前の席にすわる常連の妻たちのトークは実に愉快だ。
場馴れしていて、夫の浮気話やら、夫の変わった性癖の話やらを、面白おかしく語る。
芸人仲間の恥部を垣間見れて、その人に対する印象ががらりと変わるぐらいのインパクトを受けた。
あまりにあけすけに話すので、自分がその立場だったらたまらないとも思った。

複雑な気持ちで見ているうちに、ついに番組の終了時間が近づいた。
最後のテーマは「夫婦円満の秘訣」だ。

ついでにといった感じでイワシ師匠から指名された妻は答えた。
「笑いのために夫を売らないこと」

「正解!」
爆笑するイワシ師匠とともに、オレは思わず手を叩いた。

それまで元気のよかった出演者は、皆立場を失ったように俯いている。
一発逆転のホームランを打ったように、場の空気はがらりと変わった。

しかし妻はもう二度とオファーには応じまい。
今度のことで、多くの敵をつくってしまったのだから。

その後の透明人間

前へ

「目を覚まされましたね」
目を開けると、二重まぶたの大きな目がオレを見つめていた。

「ここはどこ?」
オレは体を起こそうとする。
しかし体中に激痛が走り、首を動かすのすら辛い。

「病院ですよ」
二重まぶたの女性は、若い看護婦だった。

そうか、オレは助かったんだ…。
宇宙人から奪った透明になれる薬を飲んで、元勤めていた会社に忍び込み、現金を盗んでやろうと向かっていた最中に、クルマにはねられたことを思い出した。

「九死に一生を得ましたね」枕元にスーツを着た、ゴツイ顔の中年男性が現れた。「頭部には損傷を負わなかったのが、幸いでした」

「そうですか…」
確かに、記憶ははっきりしているし、頭の動きも鈍く感じられない。
首から下は重体のようだが、それも時間がたてば回復するだろう。
強運に恵まれたといえよう。

「いや、幸いだったのかどうか」
しかし男は前言を否定するようなことを言った。

「どういうことですか?」
顔からサーッと血の気がひくのを感じた。
オレの身体は、もう元に戻らないというのか…。

「さっそくですが、いろいろお伺いしたいことがあります」男は上着の裏ポケットから手帳のようなものを取りだした。「私、警察の者です」

「警察…」
血の気のひいた顔が強張っていく。

「そうです、刑事課の者です」刑事は厳しい面持ちでオレに尋問をはじめる。「ところで、何であなたは全裸だったのですか?」

「そ、それは…」本当のことを言えないオレは返答に困り、とっさに顔を歪めて演技する。「ダ、ダメだ、思い出せない。事故の後遺症かもしれない」

「下手な芝居をしなさんな」刑事は鼻で笑う。そして横に顔をむける。「まったく弱ったもんだ。隣の患者さんも、訳の分からないことを言うし」

「隣の患者?」
オレは刑事が顔をむける右側に顔を傾けようとしたが、首が回らない。
仕方がないので目の端まで視線を動かすと、ベッドに仰向けに寝る茶髪頭が見えた。

「あちらの方は、あなたをクルマではねた加害者ですよ」と刑事は言った。「しかし、何も見えなかったと言うんですよ。いきなりクルマが何かにぶつかって、クルマが大破しただなんて。そんなの信じられます? 怪奇現象ですよ。とても調書に書ける内容ではない」

「はぁ…」
オレは、ますます返答に窮する。

すると、隣から絶叫するような声があがった。
「本当だ、オレは透明人間を轢いたんだ!」

「馬鹿なことを言うな!」刑事はそれを上回る大声で返す。「お前が轢いたのは透明人間じゃない。変質者だ」

「へ、変質者…」
いきなり変質者呼ばわりされたことに、オレは驚く。

「そうですよ」刑事は鋭い眼光でオレを見る。「最近、あの近辺では、露出狂の男がよく現れるという情報が寄せられておりましてね。年格好もあなたにぴったりなんですよ」

「ひ、人違いです!」
オレは動かない首を必死で振って否定する。

「じゃ、何でお前は全裸でうろついていたんだ?」
刑事はドスのきいた声で言う。

「そ、それは、宇宙人に全裸にされて、変な薬を飲まされたからなんです」
そう話を加工するしか言い訳が見つからなかった。

「宇宙人?」
刑事はあ然とした顔をする。

「そ、そうなんです、信じがたい話に聞こえるかもしれませんが、本当なんです」
オレは信用してもらうために、真剣な眼差しをつくる。

「そうか!」隣のベッドから明るい声があがった。「あんたは、その宇宙人に透明人間になる薬を飲まされたんだ。それで全裸で夜の街をさ迷い歩いていたってわけだ」

「そ、そうなんだ」
オレは加害者と意気投合した。

「なるほど…」刑事は深い溜息をついて尋ねてきた。「で、その宇宙人とやらは、どこにいるんだ?」

「じ、じた…」
自宅です、と答えかけて、オレは慌てて口をつぐんだ。

自宅には、オレに縄で縛られた宇宙人がいる。
刑事がそこに行けば、宇宙人から真実を暴露されてしまう。
そうなれば、オレは終わりだ。

「え、どこにいるんだ」
刑事は髭面をオレに近づけて解答を迫る。

「わかりません」オレは生唾を飲んで声を絞り出す。「薬を飲まされてから、いっさい記憶を失ってしまったので…」

「おまえら…」刑事はものすごい形相で、交互のベッドを睨むと怒鳴った。「嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけ!」

第八十八話 留守宅の不審者

★初めての方はこちらから★

「着ぐるみは家のなかで脱げばいいですから、誰かに見られないうちに、さぁ、早く家の中に入って下さい」
ブラウンはそう言って、玄関のドアのノブに手をかけます。
しかし、ドアには鍵がかかっていました。

「あれ、おかしいな。ローズいないのかなぁ…」
ブラウンは玄関の隣の、レースのカーテンのかかっている部屋のなかを覗きます。

部屋の中はひっそりとして、人の気配は感じられません。

「ケンシロウさんを迎えにいってくるから、家にいるように言っておいたのに」
ブラウンはブツブツ言いながら、玄関の横にある植木鉢の下を探りました。
そこは鍵の隠し場所であるようです。

ブラウンは鍵を手にすると、玄関のドアを開けました。
そして、「さぁ、どうぞ」と言ってケンシロウを招き入れ、「お〜い、いないのか?」とローズを呼びました。

しかし、返事はありません。
そのかわり、玄関の隣の部屋のあたりから、ゴトン、という音がしました。

「何だ?」と言って、ブラウンは物音がした部屋のほうに向かいます。

ケンシロウもその後に続き、胸をときめかせながら愛しのローズのお宅にあがります。

「ローズ、いるのか?」ブラウンは警戒した声色でそう言うと、その部屋のドアを開けます。すると、突然、大きな声をあげました。「だ、誰だ!」

ケンシロウは驚いてブラウンの後ろから部屋の中を覗くと、そこに怪しげな獣の後ろ姿が見えました。

第八十八話+のコピー_convert_20140802052759


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★あらすじ★


変わらぬ友

私の勤めている会社に、中学時代、同じサッカー部で汗を流した同級生が中途で入ってきた。
しかも、私の働いている部門に配属されたのである。

聞けば、不況の折、彼の勤めていた会社が倒産したのだそうだ。
私よりサッカーが上手く、勉強もできた男が、これからは私の下で働くのである。
人生はわからないものだと思った。

「ま、何でもわからないことは聞いてくれ。人手不足なんだ、早く一人前になってもわらないと困るからな」
オレは先輩ぶって彼に言った。

「はい」
中学時代はいつも上から目線だった彼は、しおらしく頭を下げた。

練習熱心で飲み込みも早かった彼は、昔と変わっていなかった。
三ヶ月もすると、だいぶ仕事を覚え、上司からも「いい人材を拾った」と言われるまでになった。

実際、彼は気の利く後輩であった。
私が仕事をしやすいように、いろいろ準備してくれ、後処理も完璧であったのだ。

私はずいぶん楽になった。
仕事の能率があがり、残業時間も減った。

仕事が定時に上がったある金曜日。
いっぱい飲みに行こうと、彼を誘った。

「今日はオレのおごりだから、思いっきり飲んでくれ」
オレは先輩風をふかせて言った。

昔話に花を咲かせ、だいぶ出来上がってきた頃、オレ言った。
「お前、昔と変わらず、できる男だな」

すると彼は、「お前も変わっていないよ」と返した。

「そうか」
オレは中年になってもまだ若々しく見えるのかと受け取り、照れながら頭をかく。

「うん」彼は赤い顔で頷き言った。「相変わらず、パスが下手だ」

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プロフィール

マウントエレファント

Author:マウントエレファント
アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

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