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対岸の陽

「はい、五目にぎり」
ホイルから取り出した、硬球ぐらいの大きさのおにぎりを夫に手渡す。

「おっ、サンキュー」左手でそれを受け取った夫は、それを早速頬張る。「うん、うまい」そして真っ白なかわさぎが舞い降りる、冬の川を眺めながら言った。「いい景色をみながら食べると、また格別だ」

「いいの? こんなもので」と私は訊く。
五種類のおかずの入った五目にぎりは、多忙で、食事をゆっくり食べらない夫のために考案した私の創作料理である。
それを、何年かぶりに行く、夫婦水入らずのドライブのお昼に食べたいという。
道沿いには、いくらでも美味しい料理を食べさせるお店があるというのに。

「いいんだ、これが」夫はおにぎりをもった左手を、乾杯するように私の方に向けて揺らす。「うまいし、栄養バランスも考えられてる。中身も、毎日違っているから、飽きることもない。これのおかげでオレは頑張ってこられた」肘から先のない右腕で胸をたたくと、夫はひとつ咳払いをして言った。「アリガトな」

「こちらこそ、アリガトです」
胸に熱いものが込みあげてきて、私は泣きそうになる。

私の夫は、29歳のころ働いてた工場の事故で右手を失った。
次女が生まれて、間もない頃だ。

右手を失うことで、夫の人生は大きく狂った。
両手がつかえないと仕事にならない職場だったので、会社をやめざるを得なくなった。
こんな大きなハンデを負った体なので、雇ってくれる会社もなく、私たちは途方に暮れた。

そこで夫は、得意なことを活かして食べていく道を選んだ。
それが挿絵作家であった。

もちろん、すぐに道が開けたわけではない。
糊口をしのぐような暮らしは、終わりがくるのかと思うほど、長く続いた。
私は家計を安定させるべく、近所の縫製工場でパートとして働いた。

ようやく人並みの暮らしが送れるようになったのは、夫が45歳になった頃だ。
市民新聞で連載していた夫の挿絵が好評を得て、仕事が増え始め、ついに大手新聞社の連載小説の挿絵の仕事をもらえるまでになったのだ。
そして還暦を迎えた夫は、とある大手出版社の挿絵部門の文化賞を受賞するまで登りつめた。

利き腕を失い、自分の名前すらうまく書くことが出来なかったのに、よくぞここまで…。
五目にぎりをもつ夫の左手を見つめ、私はついに堪えていた涙をこぼしてしまった。

そんな私を見て、夫は言った。
「ゴメンな、普通の人生を送らせてあげられなくて」

「普通…」自分の歩んできた道を卑下するような言葉を吐いた夫に、私の感情は沸騰した。「普通って何です?」

「つまり、その…、オレの身体がこんな…」

私の反応に驚いたらしく、言葉につまる夫を遮るように、私は言った。
「普通って、ひとつじゃないんじゃないですか」

「えっ」

「例えば、マラソンです」私は目に入った、対岸の土手をジョギングする夫婦をたとえに借りた。「一流の選手と、ジョギングを趣味にする人、それぞれ普通のタイムは違いますよね」

「まぁ、そうだな」

「ほら、あれを見てください」私は、仲睦しく並走するその夫婦を指差した。「あのご夫婦、一流の選手が普通とするタイムよりはるかに劣るタイムで走っているのに、とても幸せそうじゃないですか。でも、一流の選手があのご夫婦が普通とするタイムしか出せなくなったら、どん底に落ちた気分になるのではないでしょうか」

「うむ」
対岸を走る夫婦を目で追いながら、夫は深くうなずく。

「私はあなたと並走できて、とても幸せですよ」私は晴れやかな声で言う。「他人様から見れば、私たち夫婦は可哀想に見えるかもしれませんが、今日食べるものさえ困る暮らしから、こうして立派に暮らせるようになれた。ドラマでいったら、こんな素敵なものありませんよ。そんな人生を送れているのですから、私はあなたと結婚できて良かったと思います」

「うむ」
私に視線を戻した夫の目尻に涙が光った。
私は、失った手をあげる夫の袖をとり、そっと目尻に当ててやった。

土手+のコピー_convert_20160116050346

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comment

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おはようございます。

素敵なお話しですね。
普通とは?

いつも考えることです。

No title

Miyuさん
コメントありがとうございます。

人と比べて自分が不幸だと思うこと、誰でもあると思いますよね。
でも人それぞれ違うので、自分なりの幸せを見つけて生きるのが、大切だと思います。

No title

涙出ちゃった。
こんな風に生きたいです。

No title

椿さん
コメントありがとうございます。

久々のショートショート。
書き方忘れ、苦労しました。
やはり小説は難しいですね。

No title

いい話です。
なんだか目に涙がにじんできましたよ。ほんと。
ひょっとして、ご本人の話かと思いましたが、
スピードの出るバイクに乗ってるので違いますね。
でも「五目にぎり」は、ご本人でしょう。(笑)
> 失った手をあげる夫の袖をとり
ここ、いいですね。

No title

☆バーソ☆さん
コメントありがとうございます。

全くの創作ですが、水木しげるさん夫婦をイメージにしました。
五目握りも創作です。

No title

このご主人様も 努力したのでしょうが、
支えた奥さんも素晴らしく人間のできた人ですね。
普通って、千差万別です。
他人と比べるものではありませんよね。

絵もとても 良かったです。

No title

あぁ…いいお話ですね^^
人と比べるから自分が不幸に見えてしまう。羨んだり、妬んだり…><
でも、動物がそれぞれ生き方が違う様に、人にもそれぞれの生き方があると思います。

No title

おこちゃんさん
コメントありがとうございます。

内容にあった温かみのある絵にしました。
原田泰治さんの絵のようになり、結構気に入ってます。

No title

sado joさん
コメントありがとうございます。

同じ人間であっても、それぞれ別の個性と運命を背負っております。
平均はありますが、それが絶対的な普通ではありません。
それに合わせようと自分の生き方を曲げても幸せになりませんよね。

今だったら労災でクビは拙いんでないかい

 保険金が降りて労災給付金が入って傷害年金が貰える。これを口実にクビは違法云々。・・・失礼しました。茶化す気では毛頭無く・・・。
 麗しきかな夫婦愛。一人では挫けてしまう事も二人だったら乗り越えられる。しかし利己主義の蔓延る中、よくぞ夫を捨てずに支えましたなぁ。奥さん、あなたは偉い!!

No title

miss.keyさん
コメントありがとうございます。

奥様偉いですよね。
苦難をバネにできる人は、素晴らしいです。

No title

こんばんは~♪
これは笑えない真剣に考えなければいけない話ですね。
人間の尊厳をどう見るか、健康で文化的な最低限の生活を保障する国であってほしいですが、今はそういう世の中ではないのが情けないですね(*^^)
政治の劣化がひどすぎます。

こんばんわ

私もよく「普通」の意味を考えます(◔ั₀◔ั )

私は普通じゃないのかな?でもじゃ、どんなことが普通?あの人は普通であの人は?などなど。

一般的と普通は違いますからね(◍'౪`◍)♡

No title

ああ、自分には間違いなく書けない話ですね(汗)

陽の美しさを感じます

得意なこと、自分に向いていることで生きて行く、というのは、案外選択肢が多いときは考えないことかもしれません

それしかない、という状況でないと見つからないもの

そんな気もします

No title

こんばんは。お邪魔します。
ついついどうしても対岸が素敵に見えてしまう時ってありますよね。
きっと羨ましいと思う立場にいらっしゃる方でもまたその対岸ってあるのかなと。。 幸せは個々違いますけど大切なものは見失いたくないですね。
あ、すみません。。話がそれてしまいました~(^^ゞ
温かい絵が素敵ですね。川面の光が温かさと希望感じさせていただきました♡

No title

こんばんは。

僕は今、妻と並走することがなくなりました。
妻は僕と並走していた時を幸せだったと思っていてくれるのかな~
ってそんな気持ちが芽生えてきました。

この話のように、家業を維持するために
いつも二人で目いっぱい働いて来た人生であり
好きなこともさせてあげることが全く出来ませんでした。

まるで妻のような女性ですね。
涙が出てきました。

胸が熱くなる短編

>私はあなたと並走できて、とても幸せですよ

〇胸が熱くなる短編名作ですね。
  内容に合わせた挿絵もいいですね。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

まり姫さん
コメントありがとうございます。

まったくですね。
安心して住める国にしてもらいたいものです。

No title

PHiRo♪さん
コメントありがとうございます。

そうなんです。
普通は人それぞれです。

No title

blackoutさん
コメントありがとうございます。

追いつめられた時、その道しかなければ、選ばざるをえないものかもしれませんね。
夢のために生きられる人は少ないです。

No title

おきまちあきさん
コメントありがとうございます。

いつもとまったく画風が違いますね。
小説に導かれて描きました。
結構気に入ってます。

No title

孝ちゃんのパパさん
コメントありがとうございます。

素晴らしい奥様だったのですね。
きっと並走できて幸せだったと思いますよ。
今もこんなに愛されているんですから。

No title

ささげくんさん
コメントありがとうございます。

ショートショートは本当に書いてみたいというテーマがないと、なかなか書けないものです。
久々に思い浮かんだものですが、なかなかうまくまとまりました。

こんにちは~。

2、3日留守していました。
大雪に出くわし~(;^-^)

こちらのお話、心あたたまる内容ですね^^

No title

冷凍SANMAさん
コメントありがとうございます。

大雪で困ってます。
ガチガチです。

No title

おにぎりは日本で愛される国民食の一つだと思います。
どこでも食べられる手軽さ。
どんな工夫もできる。
どんな時代でも適応できる。
そんな汎用性がある食べ物で今でも愛される食事ですね。

No title

LandMさん
コメントありがとうございます。

「欧米人にとってのおにぎりはサンドイッチなのかなぁ」
山下清。
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マウントエレファント

Author:マウントエレファント
アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

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