初恋

アタシには、祖父の思い出がない。
祖父は、アタシが生まれる2年前、つまり14年前に亡くなったからだ。

でも祖父の顔はよく知っている。
祖父の顔を見ない日はないからだ。

アタシは、毎朝欠かさずしていることがある。
お仏壇に手を合わせることだ。

お仏壇には、祖父の遺影が飾られてある。
そしてその前には、お花とおばあちゃんの手料理が欠かさず添えられる。

今朝の手料理は、お祖父ちゃんが大好きだったといういなり寿司。
お花は、山茶花だ。

細く開いた扉の向こうで、おばあちゃんは小さな背中を丸めて、いつも以上に熱心に手を合わせている。
アタシが祖父の遺影に手を合わせるようになったのは、おばあちゃんに言われたからではない。
物心がついた頃からそうしているので、きっかけは覚えていないのだけれど。

たぶん、アタシはおばあちゃん子なので、いつもおばあちゃんの後をついて回って、その習慣を真似たということなのだろう。
それが、すっかり定着してしまったというわけだ。

でも、いつまでたっても定着しない想いがある。

アタシは、祖父の顔が好きになれない。
祖父の顔は、遠藤憲一さんによく似た強面だ。
それに比べておばあちゃんは、柔和な面持ちの、八千草薫さんという女優によく似ている。

この二人、どうみても美女と野獣である。
恋愛関係に発展するシナリオは、小説にはありえても、現実にはありえないはず。
そんなパートナーをどうしておばあちゃんは選び、今も想い続けるのか、ずっと疑問に思ってきた。

いまアタシは、そのわけを知りたい衝動にかられている。
それは、アタシにある迷いがあるからだ。

アタシは覚悟を決めて仏間に入ると、おばあちゃんの隣に正座する。
そしておばあちゃんのお祈りが終わったのを見計らって、勇気をふるって祖父との馴れ初めをきく。

「馴れ初めって…」おばあちゃんは驚いたようで、目を丸くする。「親の決めた縁談に従っただけだから…ねぇ」

「ねぇ、って…」今度はアタシが驚く。「そんなので決めたの」

「昔はそんなもんだよ」おばあちゃんは暢気に笑い飛ばす。「恋愛で相手を決める人なんて少なかったから、結婚式で初めて旦那さんの顔を見るなんて話は珍しくなかったよ」

信じられない。
自分の人生をきめる話なのに、勝手に事が進められていくなんて…。
アタシだったら、絶対無理。
しかも相手が、あんな強面なんて!

「おばあちゃん、がっかりしなかったの?」
アタシは思わず言ってしまった。

「そりゃぁ、まあねぇ」おばあちゃんも、思わずといった感じで、素直に頷く。「おじいちゃん、寡黙だったし、ちょっと怖かったよ」

「それでよくやっていけたね。恋愛感情もなくって、夫婦を続けられるなんて、ちょっと想像つかない」

「確かに、はじめはちっとも馴染めなかったけど、しばらくしたら、愛おしく思えてきたよ」おばあちゃんはそう答えると、少女のように頬を染める。「お爺さんは、私の初恋の相手だ」

「えっ、そうなの」恋愛ってわからない。初恋に迷っているアタシは、ますます迷路にはまっていく。「なにがきっかけで、そんな感じになったの?」

「町内の運動会だよ」

「運動会?」

「そうさ。結婚して初めて参加した運動会だよ」おばあちゃんは、祖父の遺影に目を移す。「そこで、おじいちゃんと二人三脚の競技にでたのさ」

二人三脚?
アタシは、おばあちゃんの顔と祖父の遺影を見比べる。
美女と野獣の二人三脚の絵。
これほどミスマッチな光景はあるだろうか。

「でもね、それでこの人とならやっていけると思えたんだ」おばあちゃんはそう言うと、祖父の遺影の縁を優しくなでた。「運動音痴で、いつも人の足を引っ張ってばかりだった私の歩調に、あのひと、優しく寄り添ってくれたからだよ。その姿勢は、ずっと変わらなかった」

アタシも祖父の遺影を見入る。
祖父の、ギョロリとした大きな目に馴染めなかったが、その目の奥に一途な誠実さが隠されていると知った。

ありがとう。おじいちゃん。
初めて告白されて、どうしたらよいのか迷っていたけど、彼のことを知ることから始めればいいんだね。

おばあちゃんの後ろから、そっと手を合わせると、真一文字に結ばれたおじいちゃんの口元が微笑んだような気がした。
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No title

いいお話ですね。
私の母方の祖父母も結婚式の日=初顔合わせだったそうですが、夫婦仲は良かったですねえ。

一所懸命に探しても見つからないのが運命の相手、ふと出会った人に運命はあるのかもしれないですね。

No title

椿さん
コメントありがとうございます。

相性というものがありますが、第一印象だけで決めつけないことが大切ですよね。

No title

素敵なお話ですね〜(*˘︶˘*).。.:*♡
わたしの両親も親が決めた結婚でした。
いろんな事がありましたが
年老いて、お互い思いやる気持ちが
微笑ましかったですね〜

No title

こんにちは。
時代によって男女の恋愛スタイルも変化していますが、精神的なつながりができれば顔やスタイルなどどうでもいいことでしょう。
鬼瓦のような顔でも心根のいい男性もいますし、その反対で外見はいいが腹黒いただの女好きで、言葉巧みな男こそ危険です。
女性も一緒、見た目で判断すると痛い目に遭うでしょうね(笑)

こんばんは~。

うん、なんだか良いお話^^
いろいろ思い出しちゃった(゚ー゚*)

No title

ようニャンさん
コメントありがとうございます。

恋愛から始まっていないからこそ、相手を思いやる気持ちが生まれ、愛情が培われていくのかもしれませんね。
本当に幸せな夫婦とはそういうものかもしれません。

No title

まり姫叔父さん
コメントありがとうございます。

人間見た目じゃないです。
ちょっとぬけてても、気持ちが温かく、ほんわかした人が好きです。
って、自分の好みの話になってしまいました。

No title

冷凍SANMAさん
コメントありがとうございます。

昔の彼氏を思い出しましたか、それともご主人との思い出ですか?
いずれにしてもいい思い出をもってますね。
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アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

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