蜃気楼(上)

漫才師で成功するのを夢にみて、故郷の佐賀から上京したのは、19の春。
あれから28年。
鳴かず飛ばずの日々が続いていたが、今年3月に放送されたお笑い番組への出演をきっかけに注目を浴び、今は寝る暇がないほどの売れっ子芸人になっている。

ちあきなおみの『喝采』という歌ではないが、俺は止める母をふりきるようにして家を出た。
それ以来、一度も故郷に帰っていない。
母一人子一人なのに、とんだ親不孝者である。

しかしようやく、母を舞台に呼べるようになった。
今日は母の日である。

昨日は28年ぶりに再会する母を出迎えに行き、母子水入らずで、都内の有名ホテルに泊まった。
74になる母は、幸い何の病気も患っていなかったが、足腰が弱っており、浅草寺の宝蔵門のあたりで、もう足がつらいと言い、そこから本堂に手を合わせるほどであった。
食も細くなり、銀座の寿司屋で食べた寿司も三貫ほどで、もうお腹がいっぱいだと言って箸を置いた。

親孝行は、これが最後になるかもしれない。
自分たちの人気も、そう永くは続くものではないだろう。
盛衰の激しいこの道に永年身をおいていれば、まぐれ当たりの賞味期限も推測できる。

となれば、この舞台は何が何でも成功させなければなるまい。
俺は舞台の袖で、トレードマークの黄金の幅広ネクタイの首をきゅっと締める。

すると、相方のヒロシも同じように黄金のネクタイを締めて言った。
「あのさ、お願いがあるんだけど」

「なんだ?」
俺は、むきタマゴのようにつるっと光る広い額のヒロシに目を向ける。

「今日は俺にツッコミをやらせてくれないか」

「な、なに!」
俺は思わず大声をあげる。

「しっ!」と口元に人差し指を立て、俺をいさめるヒロシ。
ヒロシの向ける視線の先を見ると、先に舞台に立っている芸人が鋭い眼光で俺を一瞥した。

俺は彼にスマンと手を合わせてから、相方をにらむ。
「だって、お前がヘンなことを言うから」

「そうだな。悪かった」
いつも以上に低姿勢な相方。
俺より5つも年上なのに、コンビを組んだ10年前から自分を下に置く。

その理由は、俺が台本を書いているからだろう。

相方は、はっきり言って能なしだ。
とぼけたウナギのような顔をしている相方の武器は、その風貌だけ。
俺が彼を選んだのもその一点につきる。

相方もそれを承知していて、俺に意見をしたことなど一度もない。
なのに、なぜ急にそんな申し出をするのか…。

俺は相方の脳みそを調べるように、首を伸ばして彼を凝視する。

「そ、それは…」小動物のように、視線を四方に逃げ回す相方。「お、おふくろが来ているから。つまり、その…、間抜けな、ボケ役はやりたくないんだよ」

「はぁ…」

「俺さ、33年前に家を出てから、いちどもおふくろに親孝行できてないんだよ」相方は、神様に祈るように俺に向かって手のひらをすりあわせる。「でも、お前のお陰で、ようやく親孝行ができる身分になれた。だから晴れ舞台をみせてやりたいと、昨日秋田からおふくろを呼んだ。母の日の、いいプレゼントにしてやりたいんだ。もうおふくろも80だ。最後の親孝行になるかもしれないから、よろしく頼む」

それは俺も同じだ、と言葉が出かかったが、それ以上に相方の気持ちがよくわかって、その衝動を抑えられた。
しかし、しかしである。

問題は、それでスベった場合である。
失敗すれば、相方がボケ役をする以上に、彼の母親を失望させることになる…。
そして俺の母親も…。

そう思うと、俺は容易に首を縦に振れなかった。

「なぁ、今回だけでいいからさぁ」
そんな煮えきれない俺の腕を、引きずり込むように強く引っ張る相方。

ここで彼の願いを断れば、相方は気落ちして舞台をしくじる可能性が高くなる。

どうしたもんかのう…。
これまで経験したことのない激しい動悸に襲われ、砂漠で迷子になったように俺の喉はカラカラに干からびてくる。

そうしている間に、先に舞台に立った芸人の漫才が終わった。
客席に向かって礼をする彼らの姿が、蜃気楼のように揺らぐ。

「なぁ」
相方の肘が、俺の横腹をつつく。
俺の体は軸を失ったように、簡単によろけ、相方も顔も、スポットライトも、すべてはゆらぐ、ゆらぐ、ゆらぐ…。

〈つづく〉

スポンサーサイト

comment

管理者にだけ表示を許可する

No title

「母の日」にふさわしい、いい話です。
終わりは、ゆらぐ、ゆらぐ・・・。
視界が揺れて、そのまま別世界に移動するような
ボケの映像で幕が降りるようなエンディングですね~。
漫才のボケ役って、けっこう難しいのはないですかね。

No title

☆バーソ☆さん
コメントありがとうございます。

オチを考えないまま見切り発車で書いたので、なんとも中途半端になってしまいました。
自分でも意図がわからぬショートショート。
まさに揺らいでおります。

No title

お母さんの前でいいところを見せたい。
男の子っていつまでもそういうところあるのかな。
お母さんは元気な息子の姿を見られるだけで喜んでますよー
(by 一男の母)

No title

椿 さん
コメントありがとうございます。

親孝行、なかなか難しいものです。
このショートショート、ちょっと無理ありました。

No title

こんにちは〜

いいお話ですね〜
でもドキドキ…(〃∇〃)
どーなるのでしょう🎶

男の人って口には出さないですが
いつも母親の事は大事に思ってるようですよね(^_-)-☆

No title

ようニャンさん
コメントありがとうございます。

自分でもオチを決めないまま書き始めたもので、どう展開していくか、不安でもあり、楽しみでもあります。
母を思う心、どんな屈強な男性でも変わらないと思います。
ボクも、ちょっとした旅行に連れて行きたいと思っております。

No title

こんにちは~♪
母の日のお話いいですね。
でも私にとってはちと辛いです(゚∀゚ ;)タラー
何せ3歳で死に別れですからね(淚)
顔も記憶にありません。
私は叔母を母代りにしてます^^

No title

まり姫さん
コメントありがとうございます。

そうお話に聞いてます。
申し訳ありません。
叔母様が母代わり。お母様のかわりに愛し、大事になさってください。

No title

なかなか面白い人間模様が出て来そうですね。
期待してます ♪…思えば、昔はそんな人間同士の綾を描いた映画が多かった。
今の邦画界は、ちっとも人間が描けてないです><

No title

sado joさん
コメントありがとうございます。

オチを考えず流れに任せて書いたので、どうなることか。
でもそれはそれで書いているほうはたのしいです。
03 | 2017/04 | 05
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
プロフィール

マウントエレファント

Author:マウントエレファント
アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

にほんブログ村
ランキングに参加しています。投票していただけると励みになります。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村 にほんブログ村 小説ブログ SF小説へ
にほんブログ村 にほんブログ村 イラストブログ 挿絵へ
にほんブログ村 にほんブログ村 漫画ブログ 4コマ漫画へ
にほんブログ村
人気ブログランキング
ランキングに参加しています。投票していただけると励みになります。
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
267位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
SF
1位
アクセスランキングを見る>>
最新記事
カテゴリ
英検準1級単語ドリル 黒猫版
日々の努力が実を結ぶ

計算×50
頭の体操にどうぞ
名言
不安な明日も先人の励ましで乗りきりましょう

地球の名言 -名言集-

最新コメント
お気軽にコメントをどうぞ
月別アーカイブ
アクセスカウンター
リンク
リンクフリーです
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
QRコード
QR
RSSリンクの表示
最新トラックバック
カテゴリ