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棚から女神

「どうですか、調子のほうは?」
心療内科の男性医師は眉にかかった白髪まじりの髪の毛をかきあげながら、いつものように優しく私に尋ねる。

「薬のお陰で夜は眠れるようになってきたんですが、ジンクスというのですか、そういうものにしばられることが多くて困っています」

「例えばどんな?」

「マンホールの蓋をふんだり、黒い車をみると良くないことが起きると考えるとか、この道をとおらないと一日安全に過ごせないと考えてしまうとか、そういうようなことです」
他にもいろいろあるのだが、数えあげればきりがないので、私は主だったものをあげた。

「強迫性障害というやつですかね」
男性医師は遠くを見るように、充血気味の眼を細めて私を見る。

「薬とかで治るんでしょうか?」

「薬物療法となると、セロトニンの作用を強めるような抗うつ薬を使うことになるんですがね、効果が出るまでにかなり時間がかかりますし、うつ病よりも多量の服用が必要になるんですわ。服用をやめると再発しやすいですし、あまり薬に頼らないほうがいいと思いますね」

「そうですか…」治癒が難しい現実を知って、私はますますうつな気分になる。「じゃぁ、どのようなことをすれば改善されるでしょうか?」

「強迫観念がでたら、これは単なる思考のくせだと思うようにすればいいと思います」

「思考のくせですか…」

「そうです」医師は、私の不安を叩きつぶすように力強く頷く。「強迫観念とは、なんでも悪く受けとめてしまうくせであり、それには現実に起こりうる不幸とは何の因果関係もないのだと思えば、少しは気が楽になりませんか?」

「まぁ…」
私は医師の勢いに押され頷きかけたが、それで強迫性障害とやらを克服できる実感がわかなかったので、その気持ちを素直に伝えた。

「そうですか…」
医師は眼を強く閉じると、しばらく思考にふけった。

医師が深刻そうな仕草をするほど、患者の不安は募るものである。

「そのくせを和らげる、何かいい行動療法はないですかね」
私は黙っていられなくなり、催促するように医師に尋ねる。
うつの症状が強くなり、私の額からは脂汗がながれ、呼吸も乱れ始めてきた。

「ちょっと休みますか、隣の部屋のベッドで」
医師は心配そうな表情を浮かべ、若い女性スタッフを呼んで私をそこに連れて行くように指示した。

その女性スタッフは無言で頷くと、私を隣室につれて行った。
そしてアゴでベッドに寝るように促すと、私の横たわったベッドの間仕切りカーテンを乱暴に閉めた。

ずいぶん無愛想なネエチャンだなぁ、と私は思った。

患者がこんなに具合悪そうにしているのに、大丈夫ですかの一言すらない。
初めて見る顔だが、最近入ったスタッフだろうか。
募集すれば、いくらでも人は集まるだろうに、先生はなんでよりによってあんな人を採用したのだろう…。

私は腹が立ってきて、気が休まるどころではなかった。

苛立ちと不安で最悪な気分でいると、ドアが開く音がして、カーテンの向こうから、「どうですか、お加減は?」と優しげな女性の声が聞こえてきた。

「だ、だんだん良くなってきました」
さきほどの無愛想な女性スタッフとは真逆の、癒し系の女性スタッフの影に私は答える。

「そうですか。良かった。何かあったら、呼んでくださいね」
彼女は心のこもった声をかけると、静かにドアを閉めて去っていった。

30分ほど休んで、私は診察室に戻った。

「どうですか、少しは落ち着きましたか?」と医師は尋ねた。

「ええ、まぁ…」と私は答えたが、腹の底にまだ私をベッドに連れていった女性スタッフへの怒りがくすぶっていたので、そのことを医師に話した。

すると、医師は「そうですか、それは申し訳ありませんでした」と謝罪した。

私はいつも丁寧に診察してくれる医師に申し訳なく思い、慌ててフォローの言葉を添えた。
「でも、その後に入ってきた、女性スタッフはとても親切で感じがよかったですよ」

「いや、どっちも同じスタッフですよ」と医師は言った。

「ほ、本当ですか!」
私は混乱した。
一重まぶたのいじわるそうな容姿と、あの癒し系の声はあまりに釣り合わなかったからだ。

「彼女もむかしうちの患者さんでしてね。いまも躁うつ症でくるしんでいるんですよ」

「そうなんですか…」

「でも、これも強迫性障害を克服する行動療法になるかもしれませんね」
医師は足を組み直して言った。

「それはどういうことですか?」

「つまりイメージと現実の違いを認識する、いい訓練になるということです」と医師は言って、ディスクトップパソコンのほうを向いて眼を閉じた。「テレビをみるとき、こうやって眼を閉じて下さい。そしてテレビから聞こえてくる人の声から、その人がどのような容姿なのかを想像してみるのです。目を開けてみると、ほとんどイメージと一致することはないでしょう。その訓練の繰り返しで、いかに自分のイメージが頼りないものか実感できるようになると思います」

「なるほど、それはマイナスイメージを修正する効果的な治療になるかもしれませんね」
直前にその体験を味わったばかりなので、私はその方法がとても有効に思えた。

「では、次の診察日は…」
と医師が言いかけた時だった。
ドアをノックする音がして、先ほどの一重まぶたの女性スタッフが現れた。

「このスマホ、ベッドに置き忘れていましたよ」
女性スタッフはあの癒し系の声で言うと、スマホをもった細い指を私に向けた。
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No title

声に恋するが実物に恋するわけじゃない
声優とかその典型ですね
男の理想の声というイメージを刷り込まれて、さぞや理想の女性像だろうという妄想を抱いてしまう感じ
人は自分勝手なイメージを押し付けて生きているなあ

No title

しまうさぎさん
コメントありがとうございます。

本当ですね。
怖そうにみえて、実はいい人というケースもあります。
そのギャップで、よけいに評価が上がり、得をすることも。
いろいろですね。

初めまして^^

いつもご訪問いただき感謝しています。
勝手ながらリンクさせていただきました。
いつも楽しく読ませていただいております。
なかなか味のある物語ですね^^

No title

sado joさん
コメントありがとうございます。
こちらこそ、いつも楽しく読まさせて頂いております。
今後もよろしくお願いします。
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マウントエレファント

Author:マウントエレファント
アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

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