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寅さんの衝撃体験

「わーっ、ぶつかる!!!」
迫りくる壁に、車寅次郎はクルマのシートに背をのけぞらせて絶叫する。

「ハハハ、大丈夫ですよ」
暢気に笑う販売店の店員の声が聞こえてくる。

寅は薄目をあけて前方を見る。
クルマのノーズは、クルマの後ろ姿が描かれた壁の寸前のところでとまっていた。

「よかった」
寅は自分の五体が無傷であることを確認して、安堵の声をもらす。

「どうですか」販売店の店員は得意げに訊く。「アイサイトは」

「愛妻?」聞き慣れない言葉に寅は首を傾げて答える。「残念ながら、オレは愛妻とはこのクルマに乗れない。なぜなら、オレは独り身だから」

「いや、違います」店員は苦笑して説明する。「アイサイトですよ。このクルマに搭載されている運転支援システムのことです」

「なんだよ、それは。さっぱり意味がわからない」

「えっ、プリクラッシュブレーキってご存じないですか?」
店員は化石でも見るような目で寅を見る。

「プリクラ…」寅は手を叩いて明るい声をあげた。「あっ、オレそれ知っている。中高生の間ではやっているやつだろ。ホラ、四角い小部屋にはいって撮るやつ。オレも、こないだ旅先で出会った女の子とそれ撮った」

寅はトランクに貼られたプリクラシールを指さして自慢する。

「それとは違いますよ。唐揚げと刈り上げぐらいに違います」店員はあきれ顔で説明する。「プリクラッシュブレーキとは、衝突被害軽減ブレーキのことです。このクルマのルームミラーの両側に取り付けられたステレオカメラが障害物を検知して、ブレーキを踏まなくても自動的にブレーキを作動してくれるのです。お客様もブレーキを踏まなくても、勝手にブレーキが効いて、障害物の前で止まったでしょ」

「えっ…」寅は捜し物をするように足下に目をはわす。「ブレーキどっちだ。こっちか」

「そ、それはアクセルです。踏まないで下さい!」今度は店員が顔を青くしてシートに背をのけぞらせる。「失礼ですが、お客様はクルマの免許をお持ちでしょうか?」

「もっていない。そういうたぐいのものは一切もっておりません」寅はきっぱり否定する。「ほら、オレ、酒をいっぱいやりながら移動するのが好きだろ。そうなると、自分で運転するわけにはいかない。飲酒運転になっちゃうから」

「では、なんでお客様は当店にいらしたのですか?」
店員は深いため息をついて、手にしたカタログを閉じた。

「何でって、道案内をしてもらおうと思ってここに入ったら、受付のネエチャンが旅芸者システムなんちゃらかんたらと言って、オレを店内に通したわけよ。
そしてね、オレを椅子に座らせて、ここで待ってろというわけ。
でね、オレは地図でももってきてくれるんだと思って、ゴチになったコーシーをすすりながら待っていたのよ。
ところがだ。
出てきたのは、地図ではなくて、蝋人形みたいな顔をしたオマエだ。
それでオマエがひつこく、このクルマの運転席に座れと勧めるから、オレはこのクルマに乗ったんだ。
オレは嫌だったんだけど」

「そうですか。それは失礼しました」店員は謝罪しながら、苦しい表情で額を指でトントンつつく。「でも、旅芸者システムって、なんだ…」

「地図に関係するものじゃないのか」

「あっ、そうか」意味が通じたようで、店員は明るい声をあげる。「ナビゲーションシステムのことか」

「なんだよ、それ。オレ横文字苦手なんだから、もっとわかりやすく説明してくれ」

店員は口頭で説明するかわりに、カーナビのボタンを押す。
すると、タッチパネルに地図が表示された。

「なんだ、これ」
寅は驚きの声をあげて、食い入るように画面を見る。

「これがナビゲーションシステムです。人工衛星から送られてきた情報がここに表示されるのです。そのお陰で、現在地がわかったり、道案内をしてもらえたりするのです」

「へ~っ、そうなの。そんなに技術は進歩してるんだ」

「ええ、どんどんクルマは進化していますよ。アイサイトのヒットをみて、他社もこれに似たシステムの開発を進めていますし、近い未来、自動運転のクルマが市販されるでしょう」

「消費者もクルマに安全を求める時代がきたか」
寅は感慨深げに言う。

「はい。当店でも、このオプションを選択されるお客様は増えております」

「なんだ、オプションて」寅は眉間にしわを寄せる。「横文字は苦手だと言っただろ」

「ああそうでしたね」店員は面倒くさそうな表情を浮かべて説明する。「オプションとは、追加注文のことです。もっと詳しく言えば、はじめからこのクルマについていない装備のことです」

「わかった、要するにこういうことか」
寅は得意の芝居口調で講釈する。
「オレが、港町のうらぶれた定食屋に入る。
オレは、その店に掲げられた日に焼けたメニューを見るね。
そこで、カツ丼にしようかアジフライ定食にしようか迷う。
でも、港町だから、カツ丼を選ぶなんて野暮なことはしない。
オレは店のネエチャンを呼んで、アジフライ定食を注文する。
ついでに喉がカラカラだから、ビールも注文する。
さて、全部たいらげて満腹になれば、ご会計だ。
アジフライ定食は600円だが、払う金額はそこにビールの代金が足されている。
なぜか、別注文だからだ。
どうだ。
こういうことだろ」

「まぁ、そういうことですね」

「で、このオプションの値段はいくらだ」
寅はステレオカメラをつついて訊く。

「10万円ほどになります」

「10万円もするのか」寅は目を丸くして、指計算をはじめる。「ええと、アジフライ定食ならいくつ食えるかな…」

「でも、このオプションに惹かれて当社のクルマを選ぶお客様も多数おります。それに見合った価値はあるかと」

「そうか」寅は頷いて、つぶやくように言った。「じゃ、満男に勧めてみるかなぁ」

「満男?」店員は敏感に反応して尋ねる。「息子さんですか?」

「いや、甥っ子なんだけどね。就職がきまって、クルマが欲しいなんて生意気なことを言っているんだよ」

「そうなんですか」とたんに店員の目が輝く。「ぜひ、当店のクルマを」

「アイサイトやらがついたクルマをか?」

「そうです」店員は手にしたカタログを、慌てて寅の前に広げる。「アイサイトは未来の必需品といってもいいくらいのオプションです」

「じゃ、未来には、この装備をつけたクルマが珍しくなくなるんだ」
寅はカタログを横目でみながら言う。

「その通りでございます」
確信に満ちた口調で店員は答える。

「じゃ、そのオプションはいらない」寅はカタログを閉じる。「それで浮いた10万円を、もっと有意義なことに使う」

「なぜですか?」

「だって、そうだろう」
寅はカタログを筒状にまるめて講釈をする。
「いいかい。
どのクルマにも自動でブレーキが効く装置がつくようになれば、向こうが勝手にとまってくれる。
そうなれば、こっちはわざわざそんな装備をつけなくても、衝突事故は起きなくなる。
だから、そんなのに10万円も払う必要はなくなるというわけだ」
寅はそう言って、蝋人形のように固まった店員の頭をカタログでかるく叩いた。
「わかったかい、販売員」
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No title

あったまいい~

関心しました!

僕もそうします。笑

いや向こうが止まってもこっちが突っ込んでったらアウトですから!(^_^;)

でも多いんだろうな、寅さんみたいなこと考える人……。

個人的には高性能なマイカーを増やすよりも、公共交通網のほうをなんとかしてほしいであります。マジで。

No title

寅さん、懐かしいですね。

今の時代に元気でいたら、変わっていく世の中に名調子でもの申してくれたでしょうか。

なんだか寅さんを見返したくなりました。

No title

Gさん
コメントありがとうございます。

実際は、自分が衝突する側だった場合は事故になってしまうのですが、そこは寅さんなので勘弁して下さい。

No title

椿さん
コメントありがとうございます。

BSで毎週土曜日夜やっているので、楽しみに見ています。
会話のやりとりとかいい勉強になります。

No title

ポール・ブリッツさん
コメントありがとうございます。

その点は承知して書きました。
でも今の車はすごくて、いろんなものを検知できるようです。
普通に標準装備される時代が来るのでしょうね。
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アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

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