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失敗と敗者

中一の娘に誘われて、フィギュアスケートの大会を観に行った。

その大会には、娘が夢中になっている男性選手が出ているのだ。
アイドル並みのルックスをもつ彼には女性ファンが多く、娘もそういう不純な動機から、にわかフィギュアスケートファンになっているのだろう。

ミーハーなやつだ…。
私は、その大会が開催される会場に向かう車中でキャッキャとはしゃぐ娘を、少し冷めた目で見る。
と同時に、その無邪気さをとてもうらやましく思う。

私は今、家族に言えぬ大きな悩みを抱えている。
仕事の悩みだ。

私は、塗料を生産する会社に勤めている。
そこで私は塗料の開発をしているのだが、会社から大きな決断を迫られているのだ。

それは私の任されている研究の存続にかかわる決断だ。

私のやっている研究とは、夜光塗料の開発だ。
従来の夜光塗料との違いは、昼間の見た目の違いである。

つまり従来の夜光塗料は、いわゆる蛍光色であり、その色の縛りから使われにくいという欠点をもっていた。
わかりやすい例をあげれば、車である。
いくら夜間において視認性が高まるといっても、あのケバケバしい蛍光色の塗られた車を選ぶ人は少ないということだ。

しかし従来通り、自分の好きなカラーを選べて、夜だけ発光するような塗料ができたらどうであろう。
安全性に対する消費者の意識が高まる現在、きっと受けるに違いない。
私たちはそう確信し、一心不乱に研究に打ち込んできた。

だが、何の成果もあがらぬまま、三年が経った。
そしてついに昨日、この研究から手を引くかどうか、プロジェクトリーダーである私に意志を示せと迫ってきた。

開発に成功すれば、莫大な利益があがる可能性のあるそのプロジェクトに、会社としても未練があるのだろう。
しかし成功が見込めないものならば、ドブに金を捨てるようなものである。

他部署では乾いた雑巾を絞るようなコストダウンを強いられているのに、私の研究だけ、そんな悠長な贅沢は許されるものではない。
上層部もどこかで区切りをつけなければいけないと、重い腰をあげたというわけだ。

意思表示は、休み明けの月曜日にしなければならない。

昨晩、私は一睡もできなかった。
朝も食欲がない。

鉄アレイが首からぶら下がったように、気分が重く沈む。
家に閉じこもっていれば、余計に息苦しさが増す。

娘の誘いに乗ったのは、その沈鬱とした空気から逃れたかったからだ。

浮世離れした場所に行けば、一時でも悩みを忘れられるかもしれない…。
私はそんな淡い期待を抱いて、スキップするように会場のなかに入る娘の後を追った。

場内は、まるで女子校の体育館のなかにでも入ったかのように、若い女の子の熱気であふれていた。
そのなかを中年のオヤジが分け入っていくというのは、なんとも居心地が悪い。

私は身を縮めて、娘の隣の指定席に座る。
この窮屈な時間がこれから二時間以上も続くかと思うと、沈鬱とした気分で家にいたほうがマシだったかもしれないと後悔しはじめた。

私は外部の情報をシャットダウンするついでに、睡眠不足を埋めようと、きつく目を閉じた。
それと入れ替えに、周囲の雑音にかき回されるように、暗い頭のなかは決断のつかぬ悩みがグルグルと激しく回る。

私がこの研究に執着するのには、個人的に大きな理由があった。

私は大学時代、親友を交通事故で失った。
その事故は、夜間に起こった。

私たちの通っていた大学の校舎は、民家もまばらな丘の上にあった。
大学でのゼミ活動を終え、ふたりでその丘の道を降っていたとき、友人は車にはねられたのだ。

その車は、夜間に認識しにくいダーク系のボディカラーの上に、ライトを点灯していなかった。
私との会話に気を取られていた友人は、突然進入してきたその暴走車に気がつくのが遅れ、接触してしまったのだ。

私がその事故に巻き込まれなかったのは、とっさに友人が私をかばってくれたからだ。

しかし、私はそのことで心に深い傷を負った。
車道側に顔を向けていた私がもっと早く暴走車の存在に気がついていれば、友人は死なずに済んだのだ。

私はそのことを悔い、ひとつでもそのような事故を減らすことで罪滅ぼしをしようと考えた。
そして出した結論が、夜間にだけ蛍光色にかわる塗料の発明だ。

私はその研究をするために猛勉強して、塗料を学べる大学に入り直した。
そこでの研究成果を認められ、私はいまの会社に就職でき、ようやくプロジェクトリーダーを任される立場にまでのぼれたというわけだ。

しかし失敗続きの研究で、私は自信を失っていた。
給料泥棒だという悪口も聞こえてくる。
目をかけてくれた上司からも、厳しい目を向けられている。

このままでいけば、私は完全に孤立し、会社にいられなくなるに違いない…。
育ち盛りの子供をかかえる父親となった現在、私はそのことをひどく恐れた。

「お父さん」ウトウトしかけた私の肩を娘が揺すった。「なに寝ているのよ。カズクンの演技が始まるわよ」

「うん…」
気のない私は、目をこすりながらリンクに視線をむける。

するとゲートから、ダイヤモンドのように光る衣装をまとった羽田一樹が颯爽と現れた。
そして羽田一樹が観客席に向かって一礼すると、地響きがするくらいの歓声がわいた。

「まるで王子様だ」
その歓声で、だらけた脳髄を金槌で叩かれたような刺激を受けた私は、皮肉を漏らす。

「そうよ。カズクンは私の王子様」
娘は、それを皮肉と受けとらなかったようだ。

どこまでオメデタイやつなんだとため息をもらしつつ、私は冷めた目で羽田一樹の演技を観る。

羽田一樹の演技は、素人目にもわかるくらい高度で洗練されていた。
これでアイドル級の容姿なら、若い女の子に騒がれるのもわかる。
目を凝らすと、絶頂期の人物が放つオーラも感じられた。

広いリンクを縦横無尽に滑る羽田一樹は、まるでこの上なく滑らかな書き心地のペンのようであった。
そのきれいな弧を描く羽田一樹は少し腰を沈め、それからジャンプに入った。

羽田一樹の細身の身体は鋭く4回転する。
そして着地するやいなやまた4回転。
それを再び繰り返そうとしたとき体勢を崩して、羽田一樹は尻もちをついた。

娘が落胆の声をあげるのと同時に、他の女の子たちも深い溜息をつく。

「かっこいい王子様も台無しだ」
私は聞えよがしに悪口を言う。

会社で浴びせられる以上の、敵意に満ちた視線が私に向けられるのがわかる。

なんだよ。王子様は失敗しても許されるのかよ…。
失敗して立場を失いかけている自分と比較し、私の心はささくれ立つ。

私はふてくされた気分で、演技を再開した羽田一樹に視線を戻す。
すると懲りないことに、羽田一樹は再び4回転ジャンプの連続を試みた。

気づいたら、私は「失敗しろ」と念じていた。
その想いが通じたのか、羽田一樹は前よりも無様な失敗をした。

「言わんこっちゃない」私は勝ち誇ったかのように鼻で笑う。「毎日飽きるほど練習しているだろうに、なんで失敗するかね」

「違うわ!」娘は私をキッと睨む。「カズクンは成功率の高い演技で得点を稼ぐような臆病者じゃないわ。こんな大舞台でも、自分の限界に挑戦する勇者よ」

「うっ…」
娘の批判は、守りの姿勢に傾きかけた私に向けられているようだった。
それだけに、私は強い反発心を覚えた。

「でも失敗に終われば、明日はないじゃないか」
この大会で好成績をあげられなければ、オリンピックの出場権を失う立場にいる羽田一樹のことを私は知っていた。

にもかかわらず、羽田一樹はその無謀な挑戦を再開した。
そしてついに、誰も成功させていない連続3回の4回転ジャンプを成功させた。

今度は歓喜の地響きとともに、スタンディングオベーションが始まった。
知らぬ間に私も立ちあがり、拍手をしていた。

胸には熱い感動がわきあがり、涙で視界が霞んでくる。
それに反比例するように、私の心は晴れ、決断が明確になってきた。

私は会社がノーと言っても、全生涯をかけて夜光塗料の研究を続けようと決意を固めた。
たとえ自分が生きている間に成功できなくとも、1ミリでも前に進めれられば、誰かが私の遺志を継いでくれると信じて…。

〈完〉

おまけに4コマをつけておきました。

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comment

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No title

お父さん、お疲れ様です!フィギュア観戦羨ましいです!ミーハーな気持ちでも努力してるアスリートからきっと学ぶ面もありますよね。若い娘さんが一生懸命応援してると思うと微笑ましいです。

お仕事の決断大変ですね。開発されたら夢の塗料ですけど研究開発にかかる経費と時間は予測が難しいですもんね。ストレスで大変だと思いますがお体にお気をつけて!

No title

ちょしっちさん
コメントありがとうございます。

実はこれ、ショートショートなんです。
羽生結弦の素晴らしさに感銘を受けて書きました。

失敗と敗者、やる気

失敗しても、いつか成功させる。

研究者にとって、これは大事ですね。
スポーツと科学研究にも似たところがありますね。

やはり、やる気、これを失わないことが重要ということでしょうか。
それを感じさせる作品でした。
草々

No title

ささげくんさん
コメントありがとうございます。

社会にもまれピュアな心を失いかけた大人が、純粋に夢を追う若者に教えられる、そんなショートショートでした。
失敗を恐れない勇気を持ち続けたいものです。

こんにちは。

「諦めるな」と言われているようなお話でした。
こういう考え方を貫ける人が、最終的には大成するような気がします。
希望と励ましに満ちたショートショートをありがとうございました。

No title

野津征亨さん
コメントありがとうございます。

久々にショートショート書いてみました。
怪我から復帰した羽生結弦選手とか頑張ってますからね。
大人も負けていられません。

No title

実は私もフィギュア好きなんです。
羽生選手を見ていると、頂点に立つ人というのはチャレンジをやめないし、諦めることを自分に許さないんだというのがよく分かりますね。
ずっと年下ですが、尊敬すべき人だなあと思います。

4コマの滑った人の回転シーンがえらいカッコいいのがツボでした!

こんにちは。

えっ、これマウントエレファントさんの実話!?
スゴイ!
研究開発者さんなんだー!!
とか思いつつ読み始めて、でもあれね。
次の行でタネ明かしがあるのね~。
なぁんて読みすすめていましたよ(*^-^*)

おもしろかったー!
マンガもやっぱユニークですね~^^

No title

椿 さん
コメントありがとうございます。

ボクも羽生結弦を大尊敬しています。
真央ちゃんも。
若いのにしっかりしてますね。

No title

冷凍SANMAさん
コメントありがとうございます。

残念ながら、僕とは全然関係ないオジサンです。
でも羽生選手は応援しています。
その点から言うと、どちらかと言うと、娘さんに感情移入。
今晩もフィギャースケート観ようっと。

こんにちわ^^

早くも「新年の抱負」ですか?
困難な事に挑戦する事は生甲斐だと思います…って他人事だから言えますが(笑)
実際、やってる人は血反吐を吐く思いでしょうね。自分にも経験があります。
ぜひ、がんばって下さい^^

No title

sado joさん
コメントありがとうございます。

ありがとうございます、って、この主人公と僕は全然関係ないんですけどね。
とりあえず、頑張ります。

No title

感動作ですね。
世の中の お父さんたちは少なからず、こういう場面にいるのですよね。
やさしくしてあげなくっちゃーね。

プロジェクトリーダーで、理研が頭をよぎりましたー。

No title

おこちゃんさん
コメントありがとうございます。

娘の誘いによって救われた父親でした。
誰もが大変ですが、自分を見失わず、頑張るのが大切ですね。

No title

こんばんは。

小説、感動しました!
羽田選手の失敗を恐れずに挑戦しようとする姿勢に勇気づけられ、
お父さんは決意を新たにしたのですね・・・。
素敵なお話です!

漫画も面白かったです(*^^*)

また、いつもコメントをして下さり、ありがとうございました!
来年も、よろしくお願いいたします(^◇^)
よいお年を!

こんばんわ

人間、これだけは譲れないものがあるってね(ΦωΦ)フフフ…

どんなに辛くても、自分の心がしっかり固まっていればきっと乗り越えられると思い、たい☆彡

まだそんな強さはないんですが(*´艸`*)

羽生くん、実はファンです❤

No title

確かに羽生結弦さんの演技には、
人を奮い立たせる美しさがありますよね。
他の方も書いておられますが、
私も最初は、
ついにマウントエレファントさんの体験談が語られる・・・!
そう思ってしまいました。
ショートショートとは思えないほど読み応えありましたよ!

こんばんは(*^^*)

今日のお話を読ませていただいて いろいろな気持ちが湧いてきました。
大きな決断をされたこと とても勇気のいることだと思います。
でも きっと成功されると思います。
そんな気がします。
わたしは かつてカラーコーディネーターとして仕事をしていました。と言っても わたしはファッション業界ですが。
でも 色に関わって生きてきたものとして 成功させていただきたいと思います。
応援しています。

No title

ショートしょートだったんですね!リアルで実話かと!
追加された後半部分を読んでさらにじーんとしました。
結末が私が願っていた通りだったのでうれしいです~!

No title

おっしー さん
コメントありがとうございます。

喜んでもらえてよかったです。
久しぶりに小説を書いてみました。
怪我を克服し、三連覇を果たした羽生結弦選手に感銘をうけ書きました。
学ぶところが多いですね。

No title

PHiRo さん
コメントありがとうございます。

羽生結弦選手好青年でしっかりしてますからね、ファンになるの納得です。
あの強さを少しでも分けてもらいたいです。

No title

YASUさん
コメントありがとうございます。

久々のショートショート。
羽生結弦選手から学ぶ中年男性の話を書きたいと思い、こんなショートショートに仕立ててみました。
たまに書くと難しいですね。

No title

まゆさん
コメントありがとうございます。

実はこれ小説で、私と関係ない中年男性の話なんですよ。
でもめげずにやっていきたいという思いは同じです。
カラーコーディネーターの仕事をしていたなんて、ステキですね。
漫画を描くときも、色の選択に苦心するので、尊敬します。

No title

ちょしっちさん
コメントありがとうございます。

スミマセン、紛らわしい感じになってしまって。
なかなか現実には、こういうドラマがないもので。
羽生結弦選手から受けた感動を小説にしたいと思い、書きました。
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プロフィール

マウントエレファント

Author:マウントエレファント
アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

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