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冬の空(下)

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田中みきは、五年ほど前、作業中の事故がもとで利き腕の右手に大怪我を負った。
その後遺症が影響して、彼女の作業効率がひどく低下したのだ。

労災で会社に迷惑をかけた上、同じフロアで働く仲間の足を引っ張っているとなれば、誰もよりもリストラ対象になる確率は高い…。

「ごめん、先に行っていて、わたし忘れ物しちゃったから」
角田重美の横で自分の名前が呼ばれる光景を想像すると、田中みきはいたたまれなくなって、集会場とは逆の向きに踵を返した。

そしてトイレに駆け込むと、田中みきは堰を切ったように泣きだした。

泣き続けて10分ほどたったら、次第に気持ちが落ち着いてきた。

もう覚悟をきめよう。
田中みきは膝を叩いて立ちあがると、集会場に足を向けた。

するとその途上で、大慌てで駆け寄ってくる角田重美の姿が目に飛び込んだ。

「もう、何やっているのよ」
角田重美は咳き込みながら言う。

「ごめん、ちょっと遅くなっちゃって」
角田重美の硬い表情から、自分の名が呼ばれたことを読み取った田中みきは、どん底に突き落とされた気分になる。

「遅いにも程があるわよ。なんでこんなに時間かかるのよ。うんちでもしてたの?」角田重美は唇を尖らせて責めたが、そんなことを言っている場合ではないとばかりに話題を切り替え、「アンタの名前、呼ばれたわよ」と言った。

「やっぱりね」田中みきは、肩をすくめて笑顔をつくってみせる。「明日から、職安通いか…」

「なんで職安なんて通う必要あるのよ」

「えっ…」予想外の返答に、田中みきの頭のなかは積み木を崩したように混乱する。「だって、わたしリストラされたんでしょ?」

「そんなことでアンタの名前、呼ばれたんじゃないわよ」角田重美は豪快に笑って、田中みきの肩をたたく。「アンタ、ミカクケンサインに選ばれたのよ」

「ミカク・ケンサ・イン?」
知らない英単語を聴いたかのように、田中みきはぎこちない調子でオウム返しをする。

「そうよ。味覚検査員。こないだ味覚検査員を選ぶためのテストやったじゃない」

「ああ」
角田重美にそう言われ、田中みきはようやく事態が飲み込めた。

会社が味覚検査員を置く必要性をもったのには、ふたつの理由があった。

ひとつは、熾烈化する珈琲競争に勝ち抜ける高品位な商品を開発するため。

もうひとつは、消費者から味にばらつきがあるという指摘を受けたためである。

ふたつめの点については、田中みきも気づいていたことだ。
しかしそれは微妙な違いで、よほど味覚にすぐれた人でないと気がつかない程度のものだ。
事実、会社の上役には、その違いを見極められる者はいなかった。

そこで味覚に優れた社員を発掘するために、味覚検査テストを実施する運びになったわけである。

「でね、味覚検査のテストにパスしたの、5人だけだったってわけ。そのなかの一人が、みきだったのよ。すごいじゃない!」
角田重美は我が事のように歓喜の声をあげると、田中みきの背中をたたいた。

「あ、ありがとう」
田中みきは夢の中にいるようだった。

「というわけで、味覚検査課という新しい課ができることになったのよ」角田重美はそう言って、田中みきの背中を強く押した。「そのための辞令状を手渡したいから、みきを探して来いって言われたのよ。もう世話が焼けるんだから、急いで!」

「う、うん」
角田重美に押し出されて見あげた冬空は、雲ひとつなく青く澄んでいた。

〈完〉
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comment

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No title

良いはなしです。味覚検査員という職業があるのですか。

No title

ふくちゃんさん
コメントありがとうございます。

味覚検査員をおいて、ラストチェックをする食品会社が増えています。
それほど厳しく品質管理が求められる時代になっているのでしょう。

さわやかな読後爽快感

リストラされるかもしれないという不安。
しかし結末はハッピイエンド、さわやかな読後爽快感がありました。

また、コーヒー品質のムラと会社の対応、現在のコーヒー業界事情もリアルに描かれていて、内容の濃い短編小説でした。
草々

No title

ささげくんさん
コメントありがとうございます。

主人公の自社の珈琲を愛する気持ち、その日々の努力が、ピンチを救ったということですね。
そうでないと、かわいそうです。

こんにちは~。

うわ~っ、これ、引き込まれちゃった~^^
このストーリー、おもしろいです!!
こちら「冬の空(下)」のほうから先に読ませてもらったのですが~。
途中で「ウ〇チ」のあたりでふきだしちゃったけど(*^□^*)
マウントエレファントさんて、才能あるんですね~^^

No title

会社への愛が報われて良かったなあ。
熱意を見ていてくれる人がいた。そう思いたいなあ。
いいお話でした!

No title

冷凍SANMAさん
コメントありがとうございます。

久々のショートショートでした。
たまに書かないと、小説の書き方忘れちゃいます。

No title

椿 さん
コメントありがとうございます。

こんなに自分の会社の珈琲を愛しているのだから、そういう人をリストラしちゃかわいそうですよね。
こういう人こそ、会社の財産だと思います。

こんばんわ

よかったです(`;ω;´)
努力とか情熱が認められて☆彡

今、コーヒー業界、本当に厳しいらしいですね。

No title

そういえば、10年ぐらい前の話ですが、自分もとある食品会社の品質管理部門にいたことがあります

そのとき、塩の味覚検査をしたことがありました

2種類の塩の違いがわかるか?的なものでしたが、なんとこの部署内で違いがわかったのは、自分と当時犬猿の仲だった10歳違いの上司だけでしたw

ええ、当時生意気の極みだった自分は、この上司の謀略によって、他部署に飛ばされ、そこで心が折れることが度重なり、退職しました

芸は身を助く

 異才の有る人はええのぅ。無い人間は努力あるのみ。なーに、発明は9の努力と1の閃きだ。・・・つまり1の閃きが無ければ10の努力は無駄になるorz
 天よ、私に才能を下さい。結局わたしゃ神頼み(笑

No title

PHiRo♪ さん
コメントありがとうございます。

競争が激しい上に、コーヒー豆も手に入りにくくなるようで、ますます大変になるでしょう。
大変ですね。

No title

blackout さん
コメントありがとうございます。

そうでしたか。
でも味覚が優れている人は、本当に少ないんですよね。
年をとるほど、失われていくようです。

No title

miss.keyさん
コメントありがとうございます。

スポーツで一流の選手をみても、努力と素質というものがあるのがわかりますね。
生まれ持っての才能、これにはなかなか敵いません。

No title

右手がだめでも味覚で仕事ができることになりよかったです。それは彼女が何気なく作ってきた環境がひきよせてくれましたね。
人生、どう転がっていくかわかりませんね。
そして、人の事を自分のことのように喜ぶ重美さんにも、拍手!!
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プロフィール

マウントエレファント

Author:マウントエレファント
アルパカとバラとスプリング、つまり春(おまえはルー大柴か)を愛するナイスミドル?なサラリーマンです。でも同僚には、そんな趣味、ばらしません。キモイっていわれますから。残念!(古っ!)

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